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act.7昏迷ノスタルジア<206>
* * * * * *
ストレスを溜め込んでいそうな京介と、まだ不安定さのある葵。二人きりで会話をさせることは少し心配ではあった。でも京介に抱えられて戻ってきた葵は目元こそ赤くなっていたものの、表情は明るかった。京介もそうだ。どこか切羽詰まっていたような顔つきは、多少和らいだ気がする。
「京介と色々話せたんだ?」
ベッドに並んで寝転びながら問うと、葵は嬉しそうに頷いた。
「うん。ぬいぐるみのことも話せた」
「あぁ、そうか。あの時お兄ちゃんも嘘ついたんだったな。ごめんね」
京介が怒りを爆発させたあの場を収めるために、冬耶は馨からの贈り物を自分からだととっさに誤魔化した。葵のためとはいえ、嘘は嘘。
「大丈夫。お兄ちゃんがつく嘘は、優しい嘘だから」
冬耶の気持ちはきちんと伝わっている。そう言いたいのだろう。葵がそうして前向きに受け止めてくれるのは有難いし嬉しい。けれど、本当に全てを知っても同じことを言ってもらえるだろうか。
葵にはまだ隠していることがある。穂高と宮岡の関係。椿の素性や、周囲をうろつく記者の存在。挙げればキリがない。
「京ちゃんね、パパに一つ良いところがあるって言ってたんだ」
「へぇ、意外だな。なんだって?」
冬耶が差し出した腕を枕にした葵は、既に眠そうに見える。だが、それを堪えて冬耶とのお喋りを楽しみたいようだ。
明日のことを考えれば、早く寝かしつけたほうがいいのは分かっているが、この調子では何にしてもそう長くは起きていられないだろう。それに、冬耶もまだ葵との時間を堪能したかった。
「あのお家に引っ越してきたことって」
どうやらあの意地っ張りな弟は、葵への出会いに感謝する素直さは見せられたらしい。馨の話題になったらまた激昂してしまうか不安だったが、無事に乗り越えられたようだ。
「今日宮岡先生とお話しした時にも思い出したんだ。引っ越してきた日のこと」
「俺も覚えてるよ。あーちゃん、挨拶に来てくれたもんな」
世間体を気にしてか、エレナは葵の手を引いてこの家にやってきた。応対したのは紗耶香だったが、同年代の子供がいると言って冬耶と京介をその場に呼んだのだ。
母親の背に隠れ、泣きそうな顔でこちらを見つめてきた葵。可愛くて可愛くて、一瞬で心を奪われた。笑った顔を見たいと、そう思った。
葵を笑顔にするのは簡単なことではなかった。馨に仕込まれた感情のない微笑みなら得意だったけれど、求めていたのはそんなものではない。
「お絵かきしたことも思い出したよ。三人で青空の絵、描いたよね」
「うん、それも覚えてる。青いクレヨンで一生懸命、色塗ってたよな」
馨から外遊びを禁じられていた葵と遊ぶのは、決まって室内だった。京介は不満そうだったが、体を動かすのと同じくらい絵を描くことが好きだった冬耶にとっては十分に楽しい時間だった。
「でもあの絵、なくしちゃった。いつなくなったのかも、覚えてないや」
「仕方ないよ。もう十年以上前に描いた絵だもん」
馨が出て行った日、葵がそれを抱えていたことは覚えている。当時の葵にとっては宝物の一つだった。でもあれから葵は藤沢家に連れて行かれ、そして施設に放り込まれた。その過程で葵の所持していたものが、消えてしまうのも無理はない。
葵も仕方ないことだとは理解しているようだ。冬耶が髪を撫でて宥めると、小さな頷きが返ってきた。
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