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act.8月虹ワルツ<2>
「みゃーちゃん?」
背中からすっぽりと葵を抱きしめてくる都古を見上げれば、彼もまたこちらを見つめていた。そして少しだけ迷った素振りを見せた後、耳元にそっと唇を寄せてくる。
「ご褒美、あり?」
葵だけに聞こえるぐらいの声量で、そんなことを囁いてくるなんてずるい。彼が何を求めているのか分かっているからだ。でもここで葵が嫌だと言えば、都古が競技に協力することは絶対にないだろう。
今度は葵が迷う番だが、頷く以外の選択肢はない。
「わかった、やる」
散々無視していたというのに、葵が首を縦に振るなり都古はあっさりと受け入れた。初めからこれが目的ではないかと思わせるほど。
大喜びで帰っていく委員の背中を見ながら、都古はもう一度囁いてくる。“楽しみ”、と。
その低い声で思わず体が震えた。休んでいる間に都古と京介、二人にされたことを思い出してしまうのだ。
都古が望むご褒美は、唇同士のキスで済むこともあれば、もっと恥ずかしい行為のこともある。それこそ、全身にくまなく舌を這わせられたことも一度や二度の話ではなかった。
どうして都古があんなことをしたがるのか。京介が昨夜告げたように、“好きだから”なのか。彼らが好意ゆえにしたいというのならば、受け入れたい気持ちだってある。
でもやはり全身ぐずぐずに溶かされ、泣かされるあの感覚は思い出すだけでも耐えられないほどの羞恥に襲われる。
授業が始まっても、頭のどこかではずっと都古に触れられた記憶が離れずにいた。さっきわずかに唇が当たった耳元も熱くて仕方ない。
教師の言葉に耳を傾けながらも、葵は都古の様子をちらりと覗き見た。いつもは堂々と机に伏せて寝ているはずの彼は、珍しく体を起こしていた。でも視線は黒板ではなく、葵へとまっすぐに向けられている。
だから必然的に目が合ってしまった。涼しげな顔立ちの彼は、感情が分かりにくいとよく言われている。でも今何を考えているのか、葵にははっきり分かってしまう。
あの顔は、葵を押し倒して、甘えて、そしてキスを求めてくる時のもの。反射的にパッと逸らしてしまうが、視界の端で都古が笑うのが確認できる。
なんだか今までとは違う日々が始まりそうで、葵は少し前とは別種の不安を湧き上がらせた。
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