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act.8月虹ワルツ<3>

* * * * * * 「ああいうの、すんごい久しぶりな感じ」 誰が葵の隣に座るのかなんてくだらない小競り合いを眺めながら、七瀬が少し呆れたように笑った。その口調にはいつものような毒気はなく、懐かしむような色が込められている。 京介も騒がしいとは思いつつも、ようやく日常に戻れたのだと実感していた。都古や聖、爽の騒がしい三人の中心で楽しげに笑う葵を見て、安心もする。 今朝西名家を出る時、葵は冬耶へ別れの挨拶をなかなか告げられずにいた。涙は必死で堪えていたけれど、相当辛かったのだとは思う。 大好きな兄と離れることだけでなく、休み明けに登校することも葵にとっては精神的な負担が大きい。京介の恐れた通り葵は教室の前でしばらく固まっていたが、七瀬に導かれて無事に足を踏み入れることができたようだ。 この校内で葵を支え、笑顔にしてやれる存在はもう京介だけではない。その事実を目の当たりにすると複雑な感情が湧き上がるのは否めないが、いい加減受け入れなくてはいけないのだろう。 クラスが違う葵とは、こうして昼食時ぐらいしか一緒に過ごすことは出来ない。その貴重な時間も外野が多すぎるせいで、二人きりになることなど不可能だけれど、先週のように葵を家に置いて一人登校するよりはマシだ。 「京ちゃん、生徒会終わったら連絡するね」 昼食を終え、食堂を出る際に葵は京介の袖を引いてくる。少し甘えるような仕草は、それだけで京介を喜ばせた。単純な自分が嫌にもなる。 「なに、今日生徒会あんの?」 「休んじゃってた間のこと、奈央さんに教えてもらおうと思って」 試験を明後日に控え、基本的に全ての部活は活動が休みになっているはずだ。生徒会も同じ扱いだと考えていたのだが、どうやら違うらしい。奈央の名前だけを出したということは、正式な活動ではなく、葵が個別で相談したことなのかもしれない。 葵が携帯を持ったおかげで、京介の目の届かない交流がこれからますます増えていきそうだ。奈央と放課後の約束を交わしたことだって京介は知らなかった。葵の安全のためには止むを得ない選択だったとはいえ、別の不安が膨らんでいく。 「ばいばい、京ちゃん。……ん?どうしたの?」 教室の前で手を振り去っていく葵を、無意識に引き止めていた。真新しいブレザーを纏う腕を唐突に掴まれた葵は驚いた顔をしている。 「あぁ、いや……無理すんなよ」 まだ少しだけ不自然な歩き方をしているし、昼食だって一人前を食べ切れてはいなかった。病み上がりだということを自覚させるように告げれば、葵は笑顔で頷いた。 「それじゃただの世話焼きだって。連れ出して午後サボるぐらいの展開期待したんだけど」 「るせーな、ほっとけ」 相変わらず七瀬は余計なアドバイスが入るが、京介だってそれが出来たら苦労しない。

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