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act.8月虹ワルツ<5>

「キョウ、お前もなの?」 「何が?」 「俺が抱いたら怒る?」 京介の反応を面白がりたいのは目に見えていた。ニヤリと笑った口元も、薄められた目も、彼から漂う香りも。何もかも腹が立つ。 「上野は嫌だけど、キョウとなら一緒でもいーよ。またラリってエッチな葵チャン見たいし」 挑発に乗るべきではない。それは分かっているが、あの夜の出来事を揶揄してからかわれれば冷静でいられるはずもなかった。 「お前には二度と触らせねぇよ」 若葉を突き飛ばして地面に叩きつけ、その体に馬乗りになって拳を振り上げる。だが、彼は笑顔のまま避ける素振りすら見せない。 「気がみじけーのも、無抵抗の奴殴れねぇのも、変わんないネ。俺はそういうトコ好きだけど」 若葉には以前も同じ指摘を受けた。若葉や幸樹は、一方的な暴力も厭わずに実行できる。でも京介はいわゆる“喧嘩”でやりあうことは出来ても、やる気のない相手へ手を上げることに躊躇いを感じてしまう。 挑発はしてきたものの、若葉からは全くと言っていいほど邪気は感じられない。だから京介も握りしめた拳を下ろさざるをえなかった。 「あーあ、気に入ってたのに。弁償しろよ」 「知らねぇよ」 京介を押し退けて起き上がった若葉は、羽織っていたブルゾンについた土埃を雑に払いながら訴えてくるが、こうなると分かっていはずだ。京介に罪はない。 「ていうかさ、葵チャンに貸したパーカー、どうなってんの?」 「捨てられてんじゃね?」 「マジ?あれ、限定モンなんだけど」 若葉があの夜葵に自分の上着を着せていたことは伝え聞いていた。でもその行方など気にも留めていなかった。冬耶が本当に処分したかは知らないが、わざわざ返してやるつもりもないだろう。 「葵に興味なかったんじゃねーの?」 猫のおかげか、今の若葉は素に近い状態に見受けられる。こんな彼と会話できるチャンスは珍しい。和むつもりはなかったものの、京介なりに彼の真意を探ることにした。 「そんなこと言ったっけ?」 「言ってはねぇけど。どう考えても不自然だろ」 冬耶が一番に可愛がる存在だ。まず真っ先に狙っていてもおかしくない。 実際若葉は、冬耶のごく身近な人物である遥に大きな怪我をさせたこともあった。弟である京介には自分の部下としてスカウトするなんてアプローチをしてきた。葵だけに近づかない理由が分からなかった。 「葵チャン食べたら、キョウに怒られそうだから」 「それが理由?」 「まぁ、一番は。キョウみたいにガタイ良くて頭も働く奴なかなか見つかんないから、逃したくないし?」 彼のコマとなる候補として見做され、扱われるのは気分が悪い。誘いに乗る気はなくて若葉との距離を置いたけれど、この調子ではまだ諦めていないのかもしれない。

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