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act.8月虹ワルツ<6>

「じゃあなんでこのあいだは手出したわけ?」 「キョウのことどうでも良くなるぐらい、美味しそうだったから。ちっこいローター咥えて泣いてんの、めちゃくちゃそそったわ」 あれだけ欲しがっていた京介から完全に拒絶される。それすら厭わないほど惹かれたと言われると、反応に困る。葵の乱れた姿をはっきり覚えていられるのも不快だ。 「指しか挿れらんなかったけど、めちゃくちゃきつそーだよネ。上野もハマったってことはやっぱ相当イイの?」 京介の怒気に気付いてはいるだろうが、若葉は構わず葵の体について下世話な質問を投げかけてくる。京介や幸樹が当たり前のように葵を抱いていると思っているらしい。 葵はまだ誰にも穢されていないと、若葉の勘違いを正せば彼は余計に興味を持つだろう。ただ、葵が誰とでも寝るようなイメージを持たれるのもそれはそれで厄介だ。 「……ん?ナニ、その顔」 「なにが」 「思ってた反応じゃねーな。なんだ?」 言い返すわけでもなく、黙った京介の反応は若葉に違和感を与えたらしい。京介の思考を見透かすように、金色の瞳をジッと向けてくる。葵の瞳とは違う、人工的できつい印象を与える金色。それで見つめられるのは苦手だった。 「まぁいいや。とりあえず、今度うちの仕事手伝えよ」 「何がとりあえず、だよ。ぜってぇ嫌」 猫との別れは名残惜しそうだが、若葉は京介の反応を見て満足そうに笑うと立ち上がった。だがそのまま立ち去ると思った若葉は数歩進んだところで、まだ地面に座ったままの京介に近付いてくる。 「そうだ、忘れてた」 そう言って身を屈めた若葉が何をするつもりか。すぐに察したものの、避け切ることは出来なかった。咄嗟に力を入れたおかげで深くめり込まずに済んだが、若葉の拳は的確に京介の鳩尾を捉えてきた。 「お、イイ反応。クリーニング代にしといたげる」 京介に突き飛ばされた仕返しのつもりだったようだ。出来るだけ痛みを表情に出さずに若葉を睨みつければ、彼はますます喜んだ。 「やっぱ頑丈だネ。えらいえらい」 頭を撫でてくる手を振り払えば、若葉は今度こそこの場から立ち去っていった。背中が完全に見えなくなったことを確認するなり、京介は地面に体を転がした。 「……あークソ、あの野郎、マジで殴りやがった」 ある程度の加減はしていただろうが、それでも若葉の攻撃をまともに食らえば、いくら京介でも平気なわけがない。 やり返してやろうとは思ったが、あの体勢で開始するのはあまりにも不利だ。それに、容赦のない若葉と本気でぶつかれば当然無事ではいられない。せっかく葵が戻ってきたというのに、今度は自分が離脱する、なんて真似は避けたかった。 殴られた箇所からはジクジクと痛みが広がってくる。間違いなく、痕になるだろう。これでは葵の前で着替えられやしない。 少し前とまるっきり逆の立場になったことに気付き、京介は相変わらず器用に立ち回れない自分に対して自嘲するような苦笑いを浮かべた。

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