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act.8月虹ワルツ<7>

* * * * * * 六限の授業が終わるなり飛び出すように教室を後にした。目的は一つ下の階。廊下に溢れる生徒たちは、上級生、それも生徒会役員の姿を見つけてざわめきはするものの、誰に会いに来たかなんて簡単に察しがついたようだ。静かにその場所への道を開いてくれる。 「奈央さんっ」 扉から顔を覗かせれば、弾んだ声で名を呼ばれた。 たった一週間かもしれない。けれど、都古に引っ付かれ、七瀬とお喋りを楽しんでいた様子の葵を見て、ようやく彼が帰って来てくれたのだと実感出来た。 「じゃあみゃーちゃん、また後でね。七ちゃんはまた明日」 「うん、ばいばーい」 友人たちに別れを告げた葵は、すぐに鞄を片手に奈央の元にやって来てくれた。でもその足取りはまだぎこちなさを感じる。それが一ノ瀬から逃れるために無理な姿勢を取ったことによる捻挫のせいだと知っていると、どうしても胸が痛んでしまう。 昨夜、葵から不意に届いたメッセージ。そこには携帯を持ち始めたことや、土曜のお礼に加え、休んでいた分の生徒会の仕事を教えてほしいとの依頼が記されていた。だからこうして放課後、葵を迎えに行くと約束したのだ。 葵は生徒会室で待ち合わせるつもりだったようだが、どうせ通り道だからという言い分を奈央は押し通した。葵を一人で移動させたくなかったのだ。もしも奈央が付き添わなければ、都古が送り届けるだろうとは思ったけれど。 「奈央さん、あの……」 階段の前でぴたりと足を止めた葵。その理由にはすぐに思い当たった。 「腕、掴まってもいいですか?」 「もちろん。危ないから鞄も持つよ」 平地を歩くよりも、階段は片足に負荷が掛かる。葵の鞄を取り上げ、腕を差し出せば、申し訳なさそうに葵が体重を預けてきた。 「ごめんなさい。でも、ちょっと嬉しいです」 「嬉しい?」 「奈央さんにギュって出来るから」 ただでさえ布越しに伝わる温もりに鼓動が高鳴りそうなのに、煽るようなことを言わないでほしい。おまけとばかりにキラキラとした目を向けてくるのだから、堪ったものではない。 動揺が伝わらないよう努めながら微笑み返すけれど、頬の熱さから察するに少なからず顔は赤くなってしまったと思う。 「ありがとうございました。もう大丈夫です」 校舎の一階に辿り着くと、葵はあっさり腕を離して鞄を返すよう手を差し出してくる。でも試験勉強のための道具が詰まっているらしき鞄はそれなりの重量があった。葵のものとはいえ、怪我人に渡すのは気が引けた。 「このままでいいよ」 「……へへ、やった」 奈央はあくまで鞄のことだけを指したつもりだったのだが、葵はどうやら腕を組むことも対象に含めたらしい。無邪気に笑って今度は両腕でしがみついてきた。 「ちょ、ちが……いや、何でもない。行こうか」 断れば葵が悲しむのは目に見えているし、嫌なわけでは決してないのだ。今日の誘いといい、奈央に対して素直に甘えてくれるのは、心を開いている証のように思えて嬉しく感じる。

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