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act.8月虹ワルツ<8>
校舎から少し離れた位置にある特別棟。元々は別の用途で建てられたものだったようだが、今は生徒会の役員しか出入りしない場所だ。
一週間前、葵がここから消えた。だからこの棟を訪れると、あの時の焦りを嫌でも思い出してしまう。けれど、今は隣に葵が居る。もう誰にも攫わせたりなどしない。そんな思いを込めて奈央からも絡んだ腕を引き寄せれば、葵は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑いかけてきた。
試験明けに行われる一年生のみのイベントや、来月に控えた体育祭。その準備に関しての引き継ぎがメインではあるが、もう一つ、葵のいない間に新たに出た話題があった。
「役員候補、ですか?」
「そう、中間試験の結果を見て、今のうちに目星をつけておこうかって話になったんだ」
一通りメインどころの情報共有を終えた奈央は、葵にもその話を教えてやった。
役員は立候補だけで選ぶわけではない。実際は生徒会がふさわしいと判断した生徒に、選挙への出馬を勧めるケースのほうが多い。
「そっか、奈央さんも最初はお兄ちゃんがスカウトしたんでしたっけ」
「うん。僕は元々生徒会に入る気は全くなかったからね」
「え、そうだったんですか?」
「あれ、話したことなかった?」
自分が話さずとも、冬耶や遥から葵の耳に入っているものだと思い込んでいた。だが、どうやら二人は奈央が役員になった経緯を詳しく教えてはいなかったようだ。
プライベートな部分にずかずかと入り込んでくるように見えて、冬耶は妙なところに律儀である。奈央自身が話すべきこと、と考えているのだろう。
「一年までは、毎日習い事に追われてたんだ。放課後すぐに実家や、レッスンの場に出掛けて、解放されるのは夜遅く、なんてザラだったから。生徒会なんて考えもしなかった」
ただ課せられたものをこなすだけで精一杯だった日々。思い返すと、よくあんなスケジュールを毎日こなしていたものだと、当時の自分に感心すらしてしまう。
「冬耶さんから声を掛けてもらったのは一年の秋だったかな。忙しいから無理ですって断ってたはずだったのに、気が付いたら冬耶さん、僕の携帯からうちの親に電話しててさ」
役員出身の卒業生がどのように活躍したかの実例を織り交ぜながら、冬耶は学園の中での生徒会の立ち位置や、役員に選ばれることがいかに名誉なことかを母親にプレゼンしていた。
その流れるような巧みな話術に呆然としていると、冬耶は満面の笑みで携帯を返してきた。
“おめでとう、君は自由だ。ようこそ生徒会へ”
まだ選挙に出馬もしていないどころか、承諾もしていない奈央に掛ける言葉としては明らかに間違っていた。けれど、嵐のような彼には抗えなかった。
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