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act.8月虹ワルツ<11>
「奈央さん、あの、ちょっと変な質問かもしれないんですけど……」
「うん、どんなこと聞きたいの?」
明後日から始まる試験のことか、それとも生徒会に関することか。おおよその当たりをつけて尋ね返したが、葵がもたらしたのは全く別物のことだった。
「奈央さんは誰かとキス、しますか?」
「……え?」
「七ちゃんは、唇では特別な人としかしないって言うんです。でも、それがよく分からなくて」
葵は奈央をからかうわけではなく、真剣に悩んでいるようだ。でもこのタイミングでそんな相談をされると否が応でも意識してしまう。
「七ちゃんは綾くんだけって言うし、京ちゃんもみゃーちゃんも、他の人としてるとこは見たことないし」
どうやら葵なりに周囲の言動から考察はしているらしいが、答えが見つかるどころかますます迷子になってしまったのだろう。
「どうして僕に聞いたの?」
「奈央さんとは、したことないので。七ちゃんみたいに特別に好きな人としかしてないのかなって思ったんです」
なるほど、全く手を出していないが故に相談相手に抜擢されたらしい。頼られるのは喜ばしいが、親友と同じ扱いを受けると複雑な気持ちが芽生えてくる。
冬耶が過保護に育てたおかげで色恋沙汰には鈍い子に育ってしまった葵。そんな彼を導く役目は荷が重い。それに、何かヒントを与えたことで、彼が誰かと結ばれる未来を引き寄せてしまうのは想像だけでも胸が苦しくなる。
もしかしたら葵の周囲の誰もが似たような感情を抱いているからこそ、こうして無垢なままでいるのかもしれない。
「僕は誰ともしないよ」
「……それは、今は特別な人がいない、ってことですか?」
奈央がはじめに問われたことに対する答えだけを返せば、葵はさらに食い下がってくる。奈央が葵に抱く感情をちっとも察していない。それを望んでいるというのに寂しくなるなんて、随分勝手な話だとは思う。
「お互いが特別に思い合っていないと、意味がないと思うから」
葵を余計に迷わす回答かもしれない。それでも奈央の本音ではある。
葵に思いを告げ、体に触れたいと願う友人たちの気持ちが全く理解できないわけではない。そうして始まる恋愛関係だってありえるとは思う。でも自分には不向きだと感じるだけのこと。
葵はしばらく考え込む様子を見せたが、双方の意思が大事だという奈央の意見に納得はしたようだ。
「好きな人に触れたいのは自然な感情だって会長さんが教えてくれて。それは分かるような気がするんです」
あの忍が根本的なことを葵に伝えている事実は少し意外だった。でも大方それを理由に迫ったのだとは予想がつく。
好意故のスキンシップだと押し切られれば、葵のことだ。拒めないだろう。何をされたのか知る由もないが、ただキスをする程度では済まなかったはずだ。
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