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act.8月虹ワルツ<12>

「奈央さんにギュッてしたり、頭撫でてもらうのは嬉しいので。一緒に寝るときは、おやすみのチューもしたいって思います。これって七ちゃんのいう特別な好きとは違うんでしょうか」 「ごめん、なんて答えたらいいか難しいな」 「奈央さんは嫌、ですか?ほっぺでも?」 「いや、そう言う話じゃ……」 キスする箇所の問題ではないというのに、真っ直ぐな瞳で確認してくる葵。 この会話がこれ以上危険な方向に進む前に、切り上げなくてはいけない。葵を納得させることは難しいだろうから、話題を大きく転換させるしか思いつかなかった。 だが、奈央がそろそろ寮に戻ろうと告げる前に、葵がシャツを掴んできた。 「もしかして、一緒に寝るのもダメ、ですか?」 周囲から過剰に愛でられている葵にとって、奈央の態度は少し距離を置いているように感じられるのかもしれない。だからこそ、必死にも思える様子で縋ってくるのだと気付けば、適当な返事をするわけにはいかなかった。 深い呼吸を一度した奈央は、横に並んだ葵を腕の中に引き寄せた。奈央が自分に許した最大限の触れ合い。 「ダメじゃないよ。いつでもおいで」 奈央がそう告げてやれば、葵からも安心したように腕が回ってくる。 平気なフリをしているけれど、京介や都古の元を離れることは葵にとって相当心細いはずだ。だからこそ、生徒会の中では一番付き合いの長い奈央との距離感に不安を抱き、こうして甘えてきたのかもしれない。 「毎日お泊まりしに行っちゃうかもしれません」 「うん、それでもいいよ」 “いつでも”と奈央から言ったばかりだ。前言を撤回するわけにもいかず、葵の無邪気な宣言も受け入れてやる。 寝る前に一緒にココアを飲む約束も交わした。その流れで葵用のマグカップを奈央の部屋に置いておくことを提案すれば、葵はますます嬉しそうに抱きついてきた。 こうして葵の居場所を増やすことは、馨から守ることにも繋がるかもしれない。 「そうだ、じゃあ試験が終わったら一緒にカップ買いに行きたいです!せっかくだから、お揃いにしませんか?」 意図した訳では全くないのだが、まるで同棲生活を始める恋人のような事態に陥ってしまった。これが友人たちにバレたら、とてつもない嫉妬を向けられるに違いない。 「プラネタリウムも行きましょう」 連休中に出かけた秘密の場所まで、まるでお決まりのデートコースのような扱いになっていた。果たして周囲の妨害を掻い潜り、無事に葵と二人でデートなど出来るのか。前提からして不安ではあるが、楽しみではある。 でも奈央はいつ出掛けるかを考え始めた葵の様子を見ながら、今あそこが窮地に立たされていることを思い出した。幸樹が何とかすると言ってはくれていたが、彼は学園内の問題解決で手一杯なはずだ。何かが改善に向かったという報告も今のところはない。 「まずは試験、がんばらないとね」 具体的な日程が決まってしまう前に葵の意識をそうして逸らせば、彼は素直に返事をしてくれた。 幼い頃からの大切な居場所の一つである、あのプラネタリウムがなくなってしまえば葵はどれほど悲しむことだろう。葵を巻き込みたくないと願う館長の気持ちも分かるだけに、やりきれなさだけが募っていく。 生徒会室を後にした奈央は、来た時と同じように寄り添ってくる葵に悟られぬよういつも通りの笑顔を浮かべ続けたのだった。

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