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act.8月虹ワルツ<13>

* * * * * * 「どういう風の吹き回しだ?」 あれだけ拒んでいた体育祭実行員とのミーティング。初めて応じる姿勢を見せれば、いつも冷静な忍が珍しく驚いてみせた。 「葵ちゃんが僕の学ラン姿見たいっていうから」 心変わりの理由を告げれば、今度は整った造りの顔に呆れた表情が浮かぶ。 自分でも馬鹿な理由だとは思う。でも困りきった実行委員のためとか、学園を盛り上げるためなんてものよりも、櫻にとってはよほど筋が通っていた。 副会長になる道を選んだ時に、体育祭のことが頭によぎらなかったわけではない。実際こんな我儘がいつまでも通用するとは思っていなかった。乗り気でないのは変わらないが、葵が喜ぶならばそれでいい。そんな風に納得出来るのだから不思議だ。 櫻が散々予定を後ろ倒したせいで、ミーティングは思ったよりも時間が掛かってしまった。忍と共に部屋を出る頃には、空はすでに夕焼け色に染まっていた。 どこか切ない気分にさせる空の色はあまり好きではなかったけれど、綺麗だとは思う。そんなことを思いながらふと廊下の窓から中庭を見下ろすと、生徒会室から寮の方面へと向かう二人の人物が見えた。 葵と奈央。彼らは手でも繋いでいるのか、体を寄せ合って楽しげに歩いている。 「僕らのいない隙に密会か。奈央も油断ならないね」 真面目な気質の二人だから、おそらくは生徒会の仕事のことで集まったことぐらいは分かっている。でも羨ましさで、つい棘のあることを口にした。 「いい加減、認めればいいだろうに」 「何を?」 「葵への気持ち」 櫻と並んで二人の姿を見下ろした忍の表情は、どことなく柔らかさを感じる。 奈央は葵に対してはあくまで親しい後輩以上の感情はないと言い張っている。誰の目から見ても明らかに恋愛感情だというのに、だ。 彼が頑なな態度をとり続ける理由に心当たりはある。 「お嬢様問題って、今どうなってるんだっけ?」 今のところまだ正式なものではないらしいが、奈央は高校生ながらに婚約者がいる。 「どうにもなってはいないだろう。さっさと断ればいいものを」 「親に逆らったことなさそうだもんね、奈央」 彼のお人好しな性格は、両親相手にも発揮されるようだ。 遅くに出来た子だからとか、一人息子だからとか。奈央は理由を探しては、両親の過度な期待に応えようとしている。親族一同の悔しがる顔を見るためだけに努力する櫻とは、真逆とも言えるかもしれない。 二人の姿が完全に見えなくなったのを合図に、櫻たちも帰路についた。 「でもさぁ、今時政略結婚って。時代遅れ過ぎない?」 「貫井なんざ、大した家でもないしな」 忍の相槌は櫻の意図したものとは違ったが、奈央には拒む権利があるとは考えているらしい。 「お嬢様側が乗り気っていうのもね。二つ下でしょ?そんなに生き急いでどうするんだろ」 奈央が悪いわけではない。むしろ友人の目から見ても、彼が結婚相手としては非常に適した人物だとは思う。でも親の決めた相手であることに変わりはない。

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