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act.8月虹ワルツ<16>

* * * * * * 今夜の夕食は、家族で過ごす時間に負けず劣らず賑やかだった。昼食とは違い、自宅から登校している七瀬や綾瀬の姿はなかったけれど、代わりに忍と奈央が参加してくれた。 携帯があれば、彼らと連絡をとって落ち合うことがこんなにも簡単になるなんて。冬耶の言う通り、もっと早くに携帯を持っていればよかった。あれほど意地を張っていたことを後悔したくもなる。 “明日は行ける、はず” この場にいない幸樹からも、曖昧ではあるがそんな返事が返ってきて葵を安心させた。数分あけて、なぜか笑顔の絵文字が付け加えるように送られてきたことは不思議だったけれど、少なくとも誘いが迷惑ではなかったらしいことは伝わった。 試験前だからと夕食後はあっさりと解散する流れになったのは寂しかったが、仕方ない。葵も一秒でも長く勉強をしたい気持ちは強い。だが、手を振って皆と別れようとした葵は、思いがけず忍に引き留められた。 「これを櫻先輩に、ですか」 忍に渡された紙袋の中身は、クラフト紙で出来たボックス。自身の夕食と共に、持ち帰り用のサンドイッチを注文していたらしい。 「どうして僕から?」 「俺や奈央からでは素直に受け取らないだろうから」 確かに、お節介だと跳ね除ける櫻の姿は容易に想像がつく。でも、それは葵でも同じではないだろうか。いや、むしろ事あるごとに櫻に叱られている葵は不適任な気がする。頬を抓られたり、額を爪で弾かれたりして罰を与えられたことも一度や二度では済まない。 「練習邪魔して、怒られないですかね」 「……おそらく」 いつも自信のある物言いをする忍が曖昧な返事をするだけで、不安を煽る。でも今日の昼休みも食事をロクに取らず音楽室で過ごしていたと聞けば、さすがに櫻を放っておくことは出来ない。 「行くの?」 やりとりを傍で見守っていた都古からは、少しだけ咎めるような視線が送られる。わざわざ葵が行く必要はない、と言いたげだ。でも行くなとはっきり口にしなくなったところは、都古の変化を感じる。 「渡すだけだから。すぐ戻るよ」 「ほんとに?」 以前奈央の部屋に行った時は、都古を待たせているというのに眠ってしまった前科がある。疑われるのも無理はないと思う。でも今回は櫻に夕食を差し入れるだけ。長居するつもりもないし、それを櫻が許してくれないはずだ。 「じゃあ、今日お風呂、一緒?」 「……ん?なんでそうなるの?」 葵をぎゅっと抱き締め耳元で囁いてくる都古は可愛いけれど、さすがに今回はご褒美でも何でもない。本当にただ一緒に入浴するだけでは済まない予感がするから、つい身構えてしまうのだ。尋ね返しても、都古は自分の主張を押し切るつもりなのか悪戯っぽく笑うだけだった。

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