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act.8月虹ワルツ<18>

「おいで、お茶ぐらい淹れる」 「あ、いえ、みゃーちゃん待たせてるので」 櫻は葵の腕を引いて室内に招こうとしてくれるが、長居するつもりはなかった。お茶一杯とて、都古を放置したままでは気が引ける。 「ちゃんと食べるか見張ってなくていいの?」 「食べない可能性、あるんですか?」 「うん。葵ちゃんが居なかったら食べない」 先輩らしからぬ我儘を言うところは、なんだか櫻らしい。結局流されるままに櫻の部屋に足を踏み入れた。 ここにやってくるのはゴールデンウィークに二人で出掛けた日以来だ。一般生徒の部屋に比べ、一人で過ごすには十分すぎるほど広い間取りの部屋。インテリアも好きにいじれるため役員それぞれの個性が出ているけれど、櫻の部屋で一番目を引くのはリビングスペースに置かれた大きなグランドピアノだった。 櫻はこれでも小型なものを選んだと言っていたし、確かに音楽室にあるものよりは小さく見える。それでも圧倒的な存在感を放っている。 「適当に座ってて」 櫻はそう言って、紅茶を淹れるためにキッチンに引っ込んでしまう。だから葵は促されるままに、ソファに腰掛けた。彼は華やかな印象が強いけれど、ソファは薄いベージュで、置かれたクッションも落ち着いた色味ばかり。少しだけ意外だと、以前訪れた時も感じていた。 櫻が戻るまでのあいだ、葵は都古にもう少しだけ待っていてほしいとメッセージを送る。すると、彼からは黒猫のキャラクターが涙を流したスタンプがすぐに返ってくる。葵が都古のために探したものだったが、早速活用してくれているらしい。悲しませたにも関わらず、なんだかクスッと笑ってしまう。 「楽しそうだね。誰と連絡してるの?」 トレイに二人分のカップを乗せた櫻は、携帯をいじる葵の様子をみて少し拗ねたように尋ねてくる。 「みゃーちゃんです。もう少し待っててって伝えてました」 「あぁ、猫ちゃんも携帯持ったんだっけ?使いこなせてるの?」 証拠とばかりに都古とのやりとりを見せれば、櫻の表情も心なしか和らいだ。 始業式の一件のせいで、都古は櫻に異様に噛み付くようになったし、櫻もそんな都古を挑発するような態度をとることが多い。 でも土曜の勉強会では二人がぶつかるようなことはなかった。今だって都古は不貞腐れながらも送り出してくれたし、櫻からも刺々しい空気は感じない。些細なことかもしれないが、葵にはそれが嬉しかった。

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