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act.8月虹ワルツ<23>
「九夜?」
尋ねれば、京介はさらに驚いた顔をしてみせた。彼はつくづく誤魔化すのが下手だ。葵相手だから通用するだけで、感情を抑え込むのが上手な彼の兄とは真逆だと、こんなとき思う。
「勝った?」
「……別に、揉めたわけじゃねぇから」
他に外傷らしいものが見当たらないところを見ると、喧嘩をしたわけではないというのは真実だと感じる。ただ、一発だけ食らう状況というのも理解はできない。
「葵に言うなよ」
やはり彼はこの怪我を葵に知らせたくはないらしい。あえて言うつもりはなかったが、彼が自ら晒した弱みを利用しない手はない。
「昨日、何した?」
昨夜葵を風呂に入れていたはずの冬耶は、一人で二階に上がってきた。次に足音が聞こえたのは随分と時間が経ってからのことで、都古におやすみの挨拶を告げてきた葵の表情はどこか艶めいて見えた。
葵に付き添っていた京介が抜け駆けしたことは間違いない。あの場では指摘しなかったが、今なら追及するのに絶好の機会だ。
「何が?」
「とぼけんな」
面倒臭そうな顔をする彼を睨みつけても、簡単に白状することはない。自分も逆の立場なら葵との行為を誰かに話したくなどない。それは分かっているが、気は治らなかった。
葵を生徒会フロアに移すことに、かなりの抵抗を見せていた京介のことだ。その鬱憤をどこかで晴らそうとするとは予測していたが、葵の心がまだ不安定な状態で押し付けるとは思わなかった。
「普通に話しただけだって」
「……確かめる」
葵の元へ行くと宣言すれば、京介は体を起こして都古の腕を掴んできた。すぐに振り払いはしたが、本気で葵を追及するつもりだったわけではない。しばらく無言で睨み合った末に折れたのは京介だった。
「そうだよ、触った。それで満足か?」
開き直ったという言葉が似合う態度。やはりキス以上の行為に及んだようだ。
「アオ、泣かせた?」
「んなわけねぇだろ。……あぁ、いや」
「は?死ね」
何かを思い出したように言い淀む京介を見て、頭に一気に血がのぼる。葵を癒す目的で体に触れるならまだしも、泣かせたのであれば許せるわけもない。ついさっき確認した痣部分目掛けて蹴りを入れようと、脚を振り上げた。
「馬鹿、ちげーって」
さすがに彼は都古の脚を腕で防いだものの、力加減など一切していない蹴りでそれなりにダメージは受けたらしい。眉をひそめてこちらを睨みつけてくる。
「一ノ瀬のこと、思い出したんだよ。んで、泣いた」
「違く、ねぇじゃん」
京介を怖がって泣いたのではないにしても、泣かせたことに変わりはない。そもそも思い出させるような行為をしたほうが悪い。京介もそれは自覚していたのか、気まずそうな顔をして再びソファに体を沈めてしまった。
「じゃあ、どうしろっつーんだよ」
自らの腕で顔を覆い、京介は珍しく弱音を吐く。その疑問に答えられるわけもなかった。
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