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act.8月虹ワルツ<24>

これ以上彼と会話していると、必死に抑え込んでいる感情が膨れ上がりそうだ。だから都古は葵の居る浴室へと足を向けた。京介は何か言いたげに視線を向けてきたが、止めてくることはなかった。 共に風呂に入ることは葵に拒まれている。都古が与えるキスにもいちいち反応するようになった葵に対し、今の段階で強引に迫るつもりはない。京介が昨夜泣かせたと聞いたら尚更だ。だから都古は脱衣所には侵入しつつも、そこで主人の帰りを待つつもりでいた。 葵と二人の時間が少しだけでも作れれば、それでこの心は癒される。 シャワーの水音が止み、葵の体が湯船に沈むのが分かる。捻挫のせいでしばらくシャワーのみの生活が続いていたが、昨日宮岡から短い時間ならばと許可をもらったらしい。だからすぐに上がってくるだろうと踏んでいたのだが、しばらく待っても葵の動く気配がしない。 「アオ?」 心配になって磨りガラス越しに声を掛けても何の反応もない。 「開けるよ」 一応は宣言をして扉を開くと、浴槽の縁に頭を預けて眠る葵の姿が見えた。一瞬悪い予想をしてしまったから、頬を染めて寝息を立てている平和な光景は都古を安堵させる。 やはり相当疲れていたのだろう。都古が傍に寄り、頬をつついても目覚める気配がない。 「アオ、起きて」 耳元で囁くとようやく葵が身じろぎをした。本人は湯船に浸かっている意識がなかったのだろう。濡れた浴槽を掴み損ねて滑り、体のバランスを一気に崩してしまう。 「……んっ、びっくり、した」 沈みそうになった体を支えてきたのが都古だということにも驚いたようだ。まだ状況が掴めずに瞬きを繰り返す仕草はいつも以上に幼くて可愛い。 「みゃーちゃん?なんで?」 「出てこない、から」 「あぁ、それで見に来てくれたんだ。ありがとう。久しぶりのお風呂、気持ちよかったから」 ただでさえ疲労していた体が温かな湯に包まれれば、一気に睡魔に襲われるのも分かる気がする。照れたように言い訳をする姿も、都古の目には魅力的に映った。 「もう大丈夫だよ?今ので目、覚めた」 葵はそう言って退出をやんわりと促してくるけれど、このままもう少し葵の傍に居たかった。 「ここにいちゃ、だめ?」 葵に触れたい気持ちはある。京介が何をしたのかも確かめたい。でもそれ以上に、葵と二人だけの時間を欲していた。昨日までは特に求めずとも手に入っていた時間が、恋しくて堪らない。誰の邪魔も入らない空間に居られるだけでいい。 「いい子に、してる」 端っこに居ろと言われればそうするし、目を瞑ったままでも構わない。そう付け加えれば、葵は困ったように笑った。 「そんなこと言わないよ。いいよ、おいで」 言葉と共に葵が伸ばした手は、都古の頭を撫でてくる。そして高い位置で髪をくくる紐をするりと解いてきた。都古は浴衣姿のままこの場に留まろうと考えていたけれど、一緒に入っていいという意思表示をされれば遠慮は必要ない。

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