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act.8月虹ワルツ<25>
「怪我の痕、だいぶ薄くなったね」
脱衣所に衣服を投げ捨てて戻れば、剥き出しの肌を見て葵が目を細める。
確かにあれからもう十日経つ。相手にやられた傷というよりは、都古が過剰に相手を攻撃したせいでついた傷のほうが圧倒的に多かったなんて、葵には口が裂けても言えない。ひどく悲しませることが分かっているからだ。
「もう染みない?」
「平気。アオは?」
泡立てたスポンジで肌を擦る仕草が、葵の目には乱暴に映ったのかもしれない。心配そうに尋ねられるが、もう傷は塞がっているし、一秒でも早く葵の隣に浸かりたい気持ちが強いだけ。質問で返すと、葵からも頷きが返ってきた。
浴槽からはみ出た手首に浮かぶ傷。拘束のせいで付いた擦り傷は、前回京介と共に確かめた時よりはさらに薄くなっている。心配していたような噛み跡も見当たらない。他の箇所も、この分では順調に回復しているのだろう。
幼い頃からある程度の長さを保ち続けているおかげで、この髪の扱いも都古にとっては慣れきったこと。体を洗うついでのように、手早く洗い終え、一纏めに括り直すまで大した時間を要しない。
実家との縁を断ち切ったように、この髪もばっさり切ってしまおうと考えたけれど、葵はこの黒髪を愛してくれた。憧れだとも言ってくれた。だからヤケのような衝動で鋏を入れることは出来なかった。
「のぼせて、ない?」
「うん、大丈夫。全然待ってないもん。みゃーちゃん、本当に速いよね」
都古が入れるように浴槽の半分のスペースを明け渡してくれる葵の表情には、少しだけ呆れの色が滲んでいた。何度指摘されても、入浴の時間が短い癖は治らない。
でも葵と一緒に入るときは別だった。互いの髪や背中を洗い合うため、都古は自分とは比較にならないほど丁寧に触れる。葵も都古の長い髪の扱いに苦戦するから、結果的にかなり時間がかかることになる。
でも、それが楽しかった。ふざけて、じゃれて、笑い合って。都古にとっては出来るだけ長く引き伸ばしたいと思えるほど幸福な時間でしかない。
「ごめんね。みゃーちゃんと一緒にお風呂入るのが嫌なわけじゃないんだよ」
「分かってる」
葵は都古が肩まで浸かるのを待って、一度は拒んだことへの謝罪を口にした。以前は葵からも誘ってくれていたし、今だって結局はこうして受け入れてくれる。都古自身への拒絶だとは思っていない。
「何かする、って思った?」
火照った葵の頬に触れながら確かめると、葵は少しだけ悩む素振りを見せたのち、こくりと頷いてみせた。
「昨日、みたいな?」
「昨日って?」
「京介が、したこと」
幼馴染の名前を出すと、葵の頬が一段と赤くなった気がした。どうして都古が知っているのかと言いたげに、瞳が気まずそうに彷徨い始める。
「こわかった?」
都古への問いに対しては、すぐに首が横に振られた。
今まで葵を抱くことはおろか、きちんと告白することすら出来ていない京介が、葵を本気で怖がらせるほど強引な手段をとるとは思っていない。でも京介が余裕を失っていることも確か。時間の問題かもしれない。
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