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act.8月虹ワルツ<27>

* * * * * * オフィスを出て真っ直ぐに車を走らせる先は藤沢家の屋敷。敷地内には穂高の生家もあるが、葵が生まれたのを機に馨たち一家との生活を始めてから、ロクに顔を出したことはない。 今回も足を運ぶ理由は、椿が当主である柾から直々の呼び出しを受けたからだ。穂高宛に“連れて来い”と指示があったため、こうして二人で移動する羽目になった。 いつもは執拗に穂高に絡んでくる椿だが、今はただ静かに窓の外を眺めている。呼び出される心当たりでもあるのか。それとも予想がつかずに戸惑っているのか。父親似の美麗な横顔からは感情を窺うことは難しかった。 「アンタも来いってさ」 辿り着いた柾の書斎。一度は扉の向こうに消えた椿が顔を出し、外で控えていた穂高に声を掛けてくる。やはり柾は穂高にも聞かせたい話があるようだ。 ──厄介なことにならなければいいが。 穂高はこの先の展開を案じて、心の中でそうぼやく。 柾は窓際に置かれた椅子に腰を下ろし、そこから見える景色を眺めているようだった。全景は捉えづらいものの、暗闇にぽつぽつと浮かぶ照明のおかげで美しく整えられた庭園の姿は十分に楽しめる。 椿はというと、そんな祖父を気にも留めず、ソファの上であぐらをかいてくつろいだポーズをとっていた。行儀が悪いと注意したいところだが、柾の手前、下手に声を上げるわけにもいかない。 呼び出したほうも、呼び出されたほうも自由気ままに過ごしているこの空間は異様ではあるが、柾と馨の面会も似たようだものだ。 「……冬になると、お前の名の花が咲く」 しばらく続いた沈黙を破ったのは柾だった。穂高からは闇しか見えないけれど、柾の視線の先にはきっと椿の花木があるのだろう。 「知ってる。それが由来だって母さんから聞いた。母さんが当時してたスケッチも、撮った写真も残ってる」 椿は事も無げに返事をしたけれど、穂高にはそれが少し意外だった。母親の話題は彼にとってはタブーなのだと思い込んでいたからだ。 「そうか」 椿の言葉で柾はようやくこちらを向いた。以前に比べれば老いは感じるものの、その眼光の鋭さは彼がグループを率いる長としてまだまだ現役なのだと納得させられる。 「あれから時々考える。馨と美鈴をあのまま許してやればよかったと」 本来、威厳ある当主が過去を悔やむような発言をしてはならない。でも柾はこの場に椿と穂高しかいないからか、躊躇いもなく二十年前の己の判断を誤りだと口にした。 瞬時に椿の纏う空気に怒気が混ざるのがわかった。椿に肩入れするつもりはないが、こればかりは彼に同情したくなる。

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