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act.8月虹ワルツ<36>
* * * * * *
食堂の中で特に陽当たりの良い一角。そこで葵がランチをすると認知されているからか、どれだけ混雑していてもそのテーブルだけはいつもぽかりと空いている。自分にとっては親しみやすい先輩が、雲の上の存在である生徒会役員なのだとこんな時実感させられる。
窓から差し込む自然光に当たって煌めく葵の髪を見るのが、ランチ時の楽しみの一つだ。けれど今日は生憎の天気。少し残念だと、聖は目の前の葵を見つめながら思う。
「二人とも、試験勉強は順調?」
聖の視線に気付いたのか、葵はスープカップを口元に運ぶ手を止め、明日から始まる試験の話題を振ってきた。
「分からないことあったら何でも聞いてね」
先輩らしい言葉も付け加えて微笑んでくれる。葵にとっては初めて出来た後輩という存在。こんな風に頼り甲斐のある一面を見せようとする様は、葵には申し訳ないけれど可愛いと感じてしまう。
欠席した分を取り返そうと必死になっていることを知っている。体もまだ本調子ではないはず。それでも聖と爽に対しては良い先輩でありたいと、手を差しのべようとするのだ。
聖たちの抱くものと色は違うけれど、葵からの温かな愛情が確かに伝わってくる。
「試験中は生徒会ないし」
「終わったらオリエンだし」
「「葵先輩不足」」
意識せずとも重なった不満。双子らしいこの瞬間に立ち会うのは何度経験しても楽しいのか、葵は一瞬驚いたように目を丸くしたあと笑い出した。
「そうだ、オリエンじゃん。美味しいバウムクーヘンの店があるからさ、お土産に買ってきてよ」
「やですよ、面倒くさい」
「先輩の命令は絶対」
七瀬の後輩でいるつもりはないのだけれど、彼の中では決定事項なのか、即座に店のホームページを開いて見せてくる。
一年だけの行事の行き先は、避暑地と称される高原だ。どうやらその店は観光の中心であるメインストリートからそれほど遠くない場所で営業しているらしい。
ホームページのトップを飾るログハウスの写真。青々と茂る木々の中にある三角屋根の店はそれほど大きくはなさそうだが、雰囲気は良い。
「そこ、去年一緒に行ったとこだね。美味しかったなぁ」
「なんだ、葵先輩のお気に入りでもあるんですね。それなら買ってきます」
「おーい、七が頼んだんだけど?」
葵の反応を見て面倒な気持ちが吹っ飛ぶのだから不思議だ。七瀬から小突かれるが、言葉ほど聖を咎める空気はない。
七瀬は以前、聖たちが葵と仲良くしてくれて嬉しいと言っていたらしい。爽から伝え聞いた時は少し驚いたけれど、七瀬は己の感情にどこまでも素直なタイプだ。そこに嘘偽りはないのだと思う。
聖の携帯を取り上げ、勝手に連絡先を交換した挙句、バウムクーヘンどころかあらゆる土産物の店のリンクを送りつけてくるところにはうんざりさせられるけれど。
「勉強会で君の相棒くんとは交換したからさ」
どうやら聖とも連絡を取れるようにすることが、七瀬のもう一つの目的だったらしい。さりげなくもたらされた言葉で、我が強いだけではない彼の一面を垣間見た気がした。
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