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act.8月虹ワルツ<37>

二年の教室は、一年の一つ上の階にある。別れを告げ、階段をのぼっていく葵たちの背を見送るのは、共に居た聖と爽だけではない。 学園生活を始めてもうすぐ二ヶ月が経つ。はじめは役員である葵ばかりが目立っていると思っていたし、それは紛れもない事実。けれど、葵の周囲を固める先輩たちそれぞれも注目を集めている。共に過ごすほどに思い知る。 今も、彼らの後ろ姿にすら羨望の眼差しを向ける同級生たちが踊り場に群がっていた。 「調子乗んなよ」 誰かが背後でぽつりと呟く。それは間違いなく聖と爽に掛けられた言葉だった。 こんなことは初めてではない。生徒会の手伝いを始めてからは表立ってケチをつけてくる者は減った気がするけれど、すれ違いざまなど、誰とも分からぬ形で醜い感情をぶつけられることが増えた。 「……聖」 苛立ちを込めるように拳を握れば、すぐに爽がたしなめてきた。分かっている。ここで犯人探しをしたところで何の解決にもならない。 聖が仕事にかける時間を増やすあいだ、弟は小太郎との距離を縮め、部活に入ろうかと悩んでさえいる。学園の生徒たちに認められたうえで葵の隣に立ちたいと、苦しげに漏らした姿も聖の心には強く刻まれた。 兄としては現状を打開する突破口を早く探ってやりたい。 葵は単に友達作りの下手な後輩だと思い込んでいるようだけれど、こうして二人が嫉妬を向けられていると知ったらひどく悲しむだろう。爽のためだけでなく、葵が気付く前に何とかしなくてはならないと思う。 「なぁ、次自習だって」 教室に戻ると、小太郎が懐っこい笑顔で二人に話しかけてきた。 葵が引き合わせてくれた彼は、聖たちに敵意の欠片も見せない稀有な存在だ。クラスメイトの中で当たり前のように共有されている情報も、彼がこうして声を掛けてくれなければ知らないままでいることも多い。 「どの教科の勉強してもいいってさ」 古文の時間にも関わらず、小太郎が英単語帳を広げている理由も理解した。周りを見渡すと、明日の試験科目の対策をしている生徒の姿が目につく。 「サンキュ」 素直に礼を口にすると、小太郎は嬉しそうに目を細めた。そして“一緒に勉強しよう”なんて言って、聖たちの席までついてくる。 入学時と変わらず、クラスの座席は出席番号順。前後に並んでいる聖と爽の間に、自席から椅子をもってきた小太郎が割り込んだ。 「竹内って犬みたい」 「分かる。番犬にならない大型犬って感じ」 「それは……褒めてる?」 「「褒めてない」」 声を揃えれば、小太郎はきょとんとした顔になり、そして大袈裟ぐらい悲しげなリアクションをとってみせる。もちろんふざけて、だ。

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