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act.8月虹ワルツ<39>

* * * * * * 葵が学園に戻って二日目。無事に放課後を迎えられたことに、幸樹は人知れず安堵の息をついた。 試験前に騒ぎが起こる可能性は限りなく低いとは思っていたけれど、牽制をかけた二年の尾崎はもちろん、未里も今のところ大人しく過ごしているようだ。 ただ若葉が校内をうろついていることは気掛かりだ。ふらりと現れ、そして消える。特別に何か行動を起こすわけではないが、それゆえに不穏な空気を感じて胸がざわつく。 「上野先輩っ」 弾んだ声に顔を上げれば、幸樹を見つけて駆け寄ってくる葵の姿があった。隣に控えていた都古の不安げな表情と、葵自身のバランスの悪い走り方で気が付く。 「あ、こら、走ったらアカンて」 慌ててベンチから立ち上がり、幸樹のほうから葵を迎えに走った。捻挫の治り切らない足で無茶をするほどはしゃいでくれるのは嬉しいが、寿命の縮む思いをさせられるのだから勘弁してほしい。 お決まりのように幸樹の目の前で足を滑らせることも。 「期待を裏切らないっちゅーか」 崩れそうな体はもちろん抱きかかえて救ってやったけれど、反省するどころか嬉しそうに腕を回してくるのだ。周囲が過保護になるのも頷ける。 「へへ、上野先輩だ」 「そんなレアキャラ扱いさせちゃうお兄さんが悪いのかしら?」 捕まえておかなければ逃げ出すとでも思わせているのかもしれない。元々授業や生徒会に真面目に参加するようなタイプではなかった。それに加え、歓迎会後、葵を徹底的に避けたことがトラウマになってる可能性がある。 「さて、私の可愛いお姫様。ディナーにお連れしましょうか」 あの夜を再現するかのように、葵を抱え直し、そして王子になりきった台詞を囁いてみる。 「今夜はご帰宅まできちんとエスコートいたします」 幸樹はただ、葵と共に少しだけ眠るつもりだった。けれど結果的に葵を孤独に陥らせ、そして湖に体を沈めさせた。もうあんな失敗は犯さないと誓えば、幸樹の口調をおかしそうに笑っていた葵の表情が一変した。 泣きそうに顔を歪め、そして幸樹のシャツにしがみついてくる。 「あなたが望むなら毎晩でもお供しますよ」 「……毎晩は、嘘ですよね」 チラリと見上げてくる葵は、目に涙を溜めているけれど、どこかむくれたような表情を浮かべていた。幸樹の軽口を見極めたようだ。 確かにそれは言い過ぎた。こういうところが自分のダメなところなのだろう。でも、と幸樹はめげずに言葉を続ける。 「二人きりなら、毎晩大歓迎よ?」 葵を抱える幸樹を睨みつけてくる都古や、その後ろから呆れとも何とも言えぬ顔でこちらを見る京介。二人に聞こえないように葵だけに伝える。 「エスコートする先はベッドやけど」 随分直接的な口説き文句だと自負している。だが、葵は期待したような照れた反応を見せない。 「そういえば上野先輩のお部屋って見たことないです」 「あーうん、そうね。ベッド大きいで?見に来る?」 もう一度踏み込んでみるが、是非と無邪気に返されてしまった。葵とは温室でそれなりにいちゃついた記憶があるのだが、彼の中でこの誘い文句とは全く結びついてくれなかったらしい。 さすがに純潔を守り続けるお姫様なだけはある。なかなかに手強い。 「これでエッチな身体してんのが堪らんのよなぁ」 キスだけでも瞳を蕩けさせ、与えた快楽に従順で抵抗すらロクに出来なくなることを知っている。叶うならば、またあの姿を見せてほしいところだ。

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