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act.8月虹ワルツ<47>

「けど、上野先輩はここにはあんまり居ないんですよね」 この部屋が彼の拠点でないことはひと目見れば分かる。このフロアに移ったとて、幸樹と会いづらい現状は変わらないのかもしれない。 「まぁな。でも最近はフツーにここで寝てんで」 元々寮で過ごすことはほとんどなかったようだが、今はこのベッドで眠りにつくことが多いのだという。それを聞いて安心するどころか、余計にこの物の少なさが異常に感じられて心配になる。 「せやからいつでも遊びにおいで。添い寝もしたるから」 そう言って幸樹は顔を寄せ、こめかみにキスを贈って来た。本当にいつ訪ねても笑顔で招いてくれそうな宣言に、胸がくすぐったくなる。 一人で眠れないなんて子供っぽさがバレているのは恥ずかしいけれど、馬鹿にすることなく手を広げてもらえることが葵にとってはどれだけ救いになるか。 「上野先輩と仲良くなれて嬉しいです」 幸樹のことは、葵が役員になるよりもさらに前から、京介の友人として認知していた。付き合い自体はそれなりに長いほうだ。でもこんな風に二人きりで会話するようになったのはごく最近のこと。 歓迎会後、全く姿を見せてくれない期間もあったせいで、今こうして和やかな時間を過ごせていることが尊いものに思えてしまう。だから改めてこんな風に思いを伝えたくなった。 「ベッドの上でそんなこと言われると困っちゃうな。もっと仲良くしたくなるやん」 「ダメなんですか?」 仲良くすることのどこかいけないのか。疑問を素直に口にすると、幸樹の目が細められた。 「忘れちゃった?前にいっぱい仲良くしたこと」 「仲良く……あ」 記憶に蘇ったのは温室での出来事。仲良くしようと提案を受け、ベンチに押し倒されたあと何をしたか。所々記憶がおぼろげではあるものの、どこをどんな風に触れられたかは覚えている。 「また赤くなっちゃったな」 ツンと頬を突いて指摘される。確かに、せっかく冷めた頬の熱がぶり返す感覚があった。 「今度はもっとゆっくり、仲良くしようか」 「それって」 あの時みたいなことをまたする、ということだろうか。確かめたかったけれど、うまく言葉にならなかった。幸樹が手を伸ばし、葵の髪を耳にかけてきたせいだ。ただそれだけなのに震えが走る。 「試験終わったら泊まりにおいで。準備しとくから。な?」 同じ階に住むのだから、準備なんて必要ない。着替えも、入浴も自分の部屋で済ませてから幸樹の部屋へ遊びに行けばいいだけの話だ。そう主張すると、幸樹は楽しそうに笑った。 「仲良くする準備、な」 低い声で囁かれた言葉が、体にじわりと染み込んでいく。深く踏み込んではいけない気がして、葵はそれ以上尋ねることをやめた。

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