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act.8月虹ワルツ<50>

寮の玄関からエレベーターホールまでの空間には、ベンチやソファが所々並べられている。普段ならそこは生徒が集まる人気の場所だけれど、今は試験勉強の息抜きに出てきた風の二人組が端にいるだけ。 彼らはこちらに気が付くと、中心にいる葵を頭のてっぺんから爪先まで観察するような視線を送ってきた。さりげなさを装ってはいるが、全く誤魔化し切れていない。 “かわいい”なんて熱っぽい呟きも耳に届く。いくら二人で囲んでいるとはいえ、パジャマ姿で出歩かせるんじゃなかったと後悔した。睨みつけるとすぐに視線は逸れたものの、普段よりも一層無防備さが増した姿は記憶にしっかりと残ってしまっただろう。 「お前さ、一人で夜中うろちょろすんなよ」 「してないよ?」 「これからの話」 一ノ瀬の一件だけでなく、都古と揉めた生徒たちも葵を連れ去ろうとしたことがあったという。今後も似たような出来事が発生する可能性は大いにある。 生徒会フロアに引っ込んでしまったあとは、葵の動向が追えない。京介の忠告にどこか不思議そうな目を向けてくる葵の様子を見ると、不安は増す一方だ。 「ここでバイバイするんだね」 エレベーターホールを前に、葵はぴたりと歩みを止めた。警戒心は薄いけれど、今後の生活を気掛かりに思ってはいるようだ。 学園全体の雰囲気に合わせ、寮全体も華やかな造りをしているが、その中でも生徒会フロアに繋がるエレベーターは特別な装飾が施されている。そこに乗り込む葵を何度も見送ってはきたけれど、今までとは別れの意味合いが違う。 「どうしてこんな風に分けなくちゃいけないんだろう?」 役員と一般生徒。生活を切り離す理由が分からないと葵が口にするのは、これが初めてではない。冬耶や遥にはそのたびに諭されていたようだけれど、この調子では本心で納得しているわけではないのだろう。 「お兄ちゃんは、生徒会室を皆が気軽に遊びに来られる場所にしたいって言ってた。僕もそう思う。でもこれじゃ無理だよね」 役員という肩書きだけで過度に敬われることも、葵は嫌がっている。生徒会に入ったこと自体を後悔しているわけではないようだが、理想と現実のあいだに大きな隔たりを感じて歯痒い思いをしているのかもしれない。 生徒会専用のエレベーターを見つめる葵の横顔は、あまり出会うことのないような大人びた表情を浮かべていた。 しばらく無言で物思いに耽っていた葵に付き合い、京介たちも傍に控えていたが、“あれ?”という声で彼の視線を辿る。エレベーターが稼働し始めたことを示すように、扉上部のランプが点滅し始めたのだ。誰かがフロアから降りてくるようだ。 一応は寮に存在する消灯時間はとうに過ぎている。このタイミングで出歩こうとするのは幸樹ぐらいだろう。京介はそう当たりを付けたのだが、現れたのは別の人物だった。

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