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act.8月虹ワルツ<52>
* * * * * *
校門の前に停車する一台の車。その傍らに、闇夜に際立つ真白い傘を差した少女が佇んでいた。時折吹く風のせいで、コーラルピンクのワンピースの裾がなびき、雨に濡れてしまっている。濃く変色した範囲の広さで、奈央が現れるまでの時間、外でずっと待ち続けていたのだと分かる。
さすがに申し訳ないと思う気持ちは芽生える。だが同時に、罪悪感を植え付けるための分かりやすいアピールにも感じられて、奈央の心を重たく沈ませた。
加南子からの連絡には比較的早く気付けたものの、顔を合わさずに帰らせる方法がないかを悩んでいるうちに少し時間が経ち過ぎてしまった。待たされることに慣れていないお嬢様があからさまに不機嫌な顔をしているのも無理はない。ただ、いきなり訪問してきたほうにも非があると奈央は思う。
「こんな時間にどうしたの?」
前回はまだ日が暮れる前にやってきたが、今回は違う。いくら運転手を従えているとはいえ、男子寮に現れていいはずがない。
「誰かさんがお返事をくれないから」
加南子からの連絡に大した反応をしていなかったのは事実。彼女の性格上また乗り込んでくるとは予想していたから、試験が終わったら一度相手をしようと覚悟はしていた。だが、その前に痺れを切らすとは。
「奈央は来なかったのね。会えると思ったのに」
その言葉で彼女が今までどこにいたかを察した。双方の会社で付き合いのある企業が主催する食事会。奈央も親から出席を促されたが、試験直前という事実を盾に避けることが出来たのだ。
「明日から中間試験が始まるから」
「奈央は前日に慌てて勉強するようなタイプじゃないでしょ?」
それは事実ではあるけれど、奈央の性格を見透かしたように振る舞われるのはなぜか無性に気分が悪かった。
「私がいるから来なかったの?」
「そうじゃない。今回の範囲はあまり自信がなかったから」
嘘ではない。葵の身に起きたことにより睡眠もロクに取れない日々が続いたし、葵の試験対策に全力を注いでいた。自分自身の勉強時間はいつもに比べるとかなり不足している実感はある。ただ、加南子に会いたくなかったという理由のほうがより強い。
本音を見透かそうと、彼女の双眸がこちらに真っ直ぐ向けられる。
今夜が雨で良かったと、奈央は加南子と対峙しながらそんなことを考えた。お互い傘を差している分、これ以上の距離が縮まることはないからだ。
でも自分はよほど分かりやすい顔をしているのかもしれない。物理的な距離に安堵した瞬間、加南子は己の傘を閉じ、奈央の傘にスッと入り込んできた。あまりにも軽やかで自然な動きゆえに、避けることはできなかった。それに相手を押し退けて雨の中放り出すことは、奈央の性格では難しい。
雨の独特の匂いと共に、加南子が纏う甘い香りが鼻をくすぐる。
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