1164 / 1636

act.8月虹ワルツ<62>

「みゃーちゃん、今回は補習も追試も引っ掛からないといいね」 きっと頑張っている都古を応援してくれているのだろう。そう思って同意を求めてみたが、予想に反して京介は眉をひそめてしまった。 「どうしたの?」 「いや、なんつーか……あいつが補習の時ぐらいなんだよなって」 何が、と聞き返す前にテーブル越しに京介の手が伸ばされ、葵の頭をくしゃりと撫でてくる。大きな手から伝わる体温の心地よさについ身を任せたくなるが、こちらを見つめる瞳がどこか寂しげに見えてどう反応するのが正解なのか分からなくなる。 しばらく様子を窺っていると、京介は話題を変えてしまった。 「部屋移動すんのって土曜?日曜?」 「日曜かな。土曜は荷物まとめたり、片付けたりするから」 一日でも長くこの部屋に留まっていたいというのが大きな理由ではあるが、口にはしなかった。葵が生徒会フロアに移ることを、京介が一番心配してくれている。弱音を吐けば、やめてもいいと言ってくれる気もする。だから強がることを選んだ。 「家具はあっちにあるの使うんだよな?じゃあ移すのは服と本ぐらいか。すぐ終わりそうだな」 葵はもとから物が多いタイプではないし、帰る機会の多い西名家にある程度荷物を残してきている。京介の言う通り、実際に拠点を移すのにそれほど時間は必要ないはずだ。 土曜中に終わるだろう。そんなふうに促されることを恐れて、先延ばしする言い訳を考え始めた葵をよそに、京介は少し思案したあと予想外のことを提案してきた。 「じゃあ日曜、俺にちょうだい」 「……京ちゃんにあげるってどういうこと?」 「どっか行くかって誘ってんだけど。最近二人で出掛けんのって、宮岡絡みばっかじゃん?だから、今回は宮岡なしな」 その言葉で京介が葵と二人だけで過ごしたがっていることを理解する。たしかに純粋に二人で楽しんだのは、春休みに行った動物園が最後のような気がする。 「もう誰かに押さえられてんの?」 「ううん、約束してない。あ、でも試験終わったら奈央さんと一緒にマグカップ買いに行こうって話してた」 「日曜?」 京介からの確認に、葵は首を横に振って答えた。試験後という曖昧な口約束なだけで、具体的な日程を決めているわけではない。なんとなく日曜の引越し後、という想定でいたが、その時間奈央が空いているかどうかも定かではなかった。 「じゃあ決まり。ああいう余計なの連れて来んなよ」 半ば一方的に約束を取り付けた京介は、ソファで眠り続ける都古のほうを見やった。彼が言う“余計なの”の一人ということなのだろう。 京介と二人で出掛けると告げたら都古がどんな顔をするか、簡単に予想できてしまう。けれど、都古を誘ったところで二人ともが不満そうな顔をするのも分かっている。

ともだちにシェアしよう!