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act.8月虹ワルツ<63>

「どこ行きたい?」 京介はきっと葵の迷いを見透かしているはずだ。その上で逃げる隙を与えぬように尋ねてくる。 「……観たい映画あるんだけど、でも京ちゃんはきっと好きじゃないと思う」 「いいよ、別になんでも」 葵が好むジャンルは子供っぽいといっていつも嫌がるくせに、映画のタイトルを聞く前に受け入れる素振りを見せられればもう何も言えない。どの映画館に行くか、どの回にするかが決まるのにも時間は掛からなかった。忘れないようにと葵の携帯にスケジュールの登録までしてようやく京介は満足したように席を立った。 携帯を持ち始めたとはいえ、扱いに慣れたわけではない。葵は京介が浴室に消えてしまうのを見届けたあと、手帳にも同じように予定を書き込んでいった。 “京ちゃんと映画” 文字にしてみると確かに京介の言った通り、彼と二人で遊ぶだけの予定を立てたのは久しぶりかもしれない。 手帳のページを捲って時を遡ると、春休みに訪れた動物園が最後だった。遥の旅立ちを見送った翌日のことだ。 京介との予定がなければ、遥との別れの寂しさに耐えきれず、きっと一日中布団に包まって泣き続けていたと思う。それを見越して外へと連れ出してくれたのだろうか。あの時は遥のいない生活への不安でいっぱいで考える余裕などなかったけれど、今こうしてカレンダーを振り返ると、京介の優しさに気付かされる。 葵が初めて手帳を買ったのは中学入学のタイミングだった。手帳にスケジュールを書き込む遥の姿が随分大人びて見えて、葵も真似したくなったのだ。でも実際は今のように休みの日に約束を交わす相手などいなかったし、学校すら休みがちだった葵には不要なアイテムだと思い知った。 その頃の手帳を棚から引っ張り出して見返してみると、そこにはわざわざ書くほどでもない予定で溢れていた。そのほとんどの相手が京介で、彼がどれほど葵と共に過ごしてくれていたかを改めて実感させられる。 でも今は違う。京介との時間が大きく減っていることは明らかだった。冬耶や遥が卒業するまでは彼らとの時間を最優先にしてきたから致し方ないとはいえ、進級してからはクラスも離れてしまった。同じ部屋で眠ってはいるが、二人の時間が極端に少なくなったのは事実だ。

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