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act.8月虹ワルツ<65>

* * * * * * 「……何の用?」 訪問者など滅多に来ない部屋。もしかしたら好意を寄せる先輩がやってきたのかも。ノックの音を聞いて思わず淡い期待に胸を躍らせた爽は、扉を開けて現れた顔を見てあからさまに顔をしかめてしまった。 「え、つめた。手土産持ってきたのに」 訪問者である小太郎は悲しげな声音を出しつつも、笑顔のまま。爽の反応に気分を害した様子もなく、コンビニで買ったらしきお菓子を差し出してくる。もう片方の腕には教科書とノートが抱えられているから、なんとなく嫌な予感がしてしまう。 勉強を教えて欲しい。もしもそんな発言をされたら即座に断ってやる。爽だって正直なところ自分の勉強で手一杯なのだ。でも身構えていた爽に、小太郎は予期せぬことを持ちかけてきた。 「ここ、出るってさ」 差し出してきたのは古文の教科書のとあるページ。目立たせるためか、星マークがでかでかと描かれている。 「今日質問しに行った奴にさ、先生が漏らしちゃったらしい」 「……え?まさかそれ伝えに来たの?俺に?」 「そうそう、さっき俺んとこに情報回ってきたからさ。二人にも言っとこって思って」 世話になりにきたどころか、明日の試験のヒントをわざわざ教えに来てくれたらしい。屈託のない笑顔を向けられて、さっさと追い返そうとしたことへの罪悪感が込み上げてくる。 「もしかしてもう誰かから連絡きてた?」 「来るわけないじゃん。同級生の連絡先なんて一人も知らないし」 生徒会の手伝いを始めてからというもの、敵意を向けてくる人物の熱量が増えた気さえする。そんな自分達に平気で近づいてくるなんて、目の前の小太郎ぐらいだろう。 「それ、逆にレアだよな。先輩たちの連絡先しか知らないって、すげぇ」 小太郎は爽の自虐も気にせず笑い飛ばしてくる。それが嫌味でも何でもないと分かるからこそ、彼の反応は爽にとって不可解に映る。 「じゃ、聖にも伝えといて」 小太郎は本当にただそれだけの用事でやってきたらしい。渡してきたお菓子の包みを渡すなり、あっさりと背を向け帰ろうとする。それを見て、爽は思わず呼び止めてしまった。 「竹内」 「ん?なに?」 「あぁいや、その……ありがと」 それなりに試験対策をしている爽にとって、小太郎からの情報が役に立ったとは言い難い。正直知らなくても結果に影響はなかったと思う。それでも、わざわざ伝えにきた小太郎に何も言わないまま返すのも気が引けて、絞り出すように礼を口にした。 「おう、また明日」 小太郎は日に焼けた顔でくしゃりと笑って見せると、今度こそ立ち去ってしまった。あの反応から察するに、小太郎にとっては特別親切にしたつもりはないに違いない。爽たちだけではなく、同級生の中で情報に疎い他の生徒にも声を掛けていそうである。付き合うほどに、彼があらゆるタイプの生徒から慕われる理由に納得がいく。 ああしてわざわざ部屋を訪ねさせるぐらいなら、連絡先ぐらいは交換してやってもいいのかもしれない。部屋着であろうくたびれたジャージ姿が廊下から消えるのを見届けながら、爽は小太郎との距離をもう一歩縮めてもいいと思い始めた。

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