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act.8月虹ワルツ<68>

* * * * * * 本棚の最下段に置いたまま埃を被っていた学生時代の卒業アルバム。その存在をめざとく見つけた客人に乞われ、久しぶりに手に取った。ずしりと重い冊子の表紙には金箔の文字で高校の名前が記されている。 「二人は何組だったんですか?」 「五組ですよ」 宮岡が答えを告げるなり、ぱらぱらとページが捲られていく。学園生活の思い出が見え隠れするたび、胸の中へほろ苦いものが広がっていくのは何故だろうか。 「宮岡先生はすぐに見つかりますね」 「そう?あまり変わってないのかな。喜んでいいのか分からないですが」 「笑顔が目を引くって意味ですよ」 目の前で過去と今の自分を見比べられるのは少々気恥ずかしさがある。 「あぁ、穂高くんも居た。この学ラン姿懐かしいな。“黒い制服がかっこいい”って京介が憧れてたんですよ」 クラスの個人写真の中に目的の人物を見つけ、冬耶は当時のことを話してくれた。宮岡より背が高く、ぶっきらぼうな印象の強い彼が、幼い頃そんな可愛らしいことを言っていたなんて。 「穂高くん、アルバムにはほとんど映ってないんですね」 「そもそも学校行事にはあまり参加してなかったような気がする。だからかもしれませんね」 今でこそ穂高とは連絡を取り合う仲になったものの、在学当時は特別親しかったわけではない。彼がどんな学生生活を送っていたかの記憶は朧げだ。 周囲には徹底して無関心を貫き、いつも一人だった穂高。成績が優秀だったせいか“ガリ勉”だなんて評価もされていたけれど、彼は勉強に夢中だったわけでもない。むしろ授業中すら上の空に見えた。今なら彼が何を考えて教室に居たかがよく分かる。家に残してきた葵のことだけを想っていたはずだ。 「アキは卒業式にも来なかったな」 「そうか、その頃にはもうアメリカに?」 「えぇ。だからそのアルバムも、彼は持っていないはずです」 担任は送り先を確認したようだけれど、穂高は答えなかったらしい。住所が決まったら連絡する。そう言ってその場をはぐらかした彼からはその後音沙汰がないのだと、いつかの同窓会で担任が溢していた。 「彼には全く必要のないものだったんでしょうけど」 穂高にとって中高の六年間はなんだったのだろう。今でも付き合いのある友人が出来た宮岡とは違い、穂高の手元にはこんなアルバム一つすら残らなかった。それが宮岡を無性に切なくさせる。 葵だけが穂高の全て。大袈裟でも何でもなく、彼は葵のために生きている。以前冬耶が言ったように、自分を犠牲にすることを厭わない彼の姿勢は、間違いなく葵の性格に影響を与えている。そうと知ったら彼は反省し、少しぐらい自分を大切にしてくれるようになるだろうか。

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