1172 / 1636
act.8月虹ワルツ<70>
「私は葵くんもアキも、両方救いたいと思っています。アキがそれを望まなくても。だからそのためにも、海外行きの話は阻止したい」
馨が柾の計画に乗るとも思えなかったが、どう動くか読みにくい男ではある。それにやけになった椿が暴走する可能性がないとは言い切れない。
「今は藤沢柾、馨、それに篠田椿。三者がそれぞれの思惑で動こうとしているせいで事態が複雑化している。だからまず一つ、不安要素は潰しておきたい」
「篠田さん、ですね」
聡い冬耶はすぐに宮岡の意図を読み、同調するように椿の名を口にした。すでに椿への接触を試みていた彼のことだ。宮岡と同じ方向性の計画を描いていたはずだ。だからこうして冬耶に話を持ち掛けた。
「葵くんを傷つける言動をとったことは知っています。君たちのことをむやみに敵視し、侮辱したことも。でも、彼は彼なりに葵くんを愛しているのだと思います」
「……えぇ、それは分かってます」
葵の実兄である椿の存在は、冬耶にとっては素直に受け入れ難いものではあるのだろう。おそらくそれは椿側も同じ。だが、もしも本当に葵を大切に思うなら、二人の兄が分かり合える道を模索できると思う。
「篠田さんに味方になってもらえないか。俺もそう思って色々立ち回ってみたんですけど。先生も知っての通り、きっぱり拒絶されちゃってるんですよね」
椿側がその気になってくれない限りは打つ手がない。そう言いたげに冬耶は苦笑いを浮かべた。椿が長い時間を過ごした養護施設や、過去に勤めていた職場を訪ね歩いたことは知っている。その協力をしたのは他でもない、宮岡だ。だから当然結果も承知していた。
「実は篠田に対するアキの心象が少し変化したようでね。君と篠田を引き合わせても悪い方向には進まないんじゃないかって言い出した」
「つまり、協力してもらえるってことですか?」
「篠田の動きを共有するぐらいはしてくれると思う」
回りくどいことをせずとも、直接接触する機会を狙える。その可能性に、冬耶は期待のこもった目を向けてきた。
「父親に似て随分気分屋なようだから、期待はしないでほしいと言っていたけどね」
「いえ、それでも十分です。むやみにあのビルを張り続けるのは限度がありますから」
口ぶりから、一度は強硬手段をとろうとしたことは察しがついた。藤沢グループのオフィスで待っていれば、いずれ椿に会うことはできるだろう。しかし馨や柾と鉢合わせになる可能性もまた十分に有り得る。そう考えたら賢い策とは言えない。けれど椿の動向のヒントが掴めれば、確実性の高い手段になりうる。
「でも穂高くんが情報を漏らしたって伝わったらさすがにまずいんじゃ?」
「篠田があのビルを出入りする時間を教えるぐらい、藤沢はどうとも思わないんじゃないかな。結局私もアキも、これといったお咎めは受けていないしね」
それが不穏ではあるのだけれど、馨が遊び感覚でいるうちはある程度自由に動けると割り切ってしまったほうがいいだろう。
ともだちにシェアしよう!

