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act.8月虹ワルツ<72>
* * * * * *
二日目の試験が全て終わったことを告げるチャイム。忍に見てもらったおかげか、昨日よりは落ち着いて解答出来たはずだ。
「うわ、やばい。これ答え“a”なの?“b”にしちゃったんだけど」
「僕も合ってるか自信ないよ?」
「いつもそう言けどさ、葵ちゃんが間違ってたことないじゃん」
前の席に座る七瀬に解答用紙を渡すなり、すぐに答え合わせを始められることは試験期間中の恒例行事。さらに前の席の生徒から催促されるまで、七瀬は葵の答えを許可なく覗き見てくるのだ。
クラスメイトとまともに会話をしたことがなかった頃の葵にとって、七瀬のこうした言動は戸惑いを与えるものだった。けれど、嫌だと感じたことは一度もない。むしろ攻撃的でもなく、腫れ物に触るようなものでもない。親しげで遠慮のないコミュニケーションが新鮮で嬉しかった。
「今日も会長に教えてもらうの?」
「ううん、毎日だと迷惑になっちゃうから」
もしも不安なところがあるならいつでも質問していいとは言ってもらっている。だが忍にも自分の試験勉強がある。葵にばかり時間を使わせるわけにはいかない。
「じゃあ綾にする?今回葵ちゃんがあんまり頼ってくれないって、寂しがってたよ」
「綾くんが?」
「そうそう。今日の数学も心配してたもん」
友人としての付き合いが始まってから、綾瀬は葵の勉強を積極的にサポートしてくれていた。今の成績が維持できているのは、彼のおかげと言ってもいいぐらいだ。七瀬と比べるとどうしても無口な印象が強い彼だが、陰ながら葵を気に掛けてくれていると知って、くすぐったい気持ちにさせられる。
「アオ、帰ろ」
綾瀬への感謝の気持ちを伝えてもらおうか。それとも直接言いに行くべきか。選択を迷っている間に、背後からするりと腕が回ってきた。甘えるような仕草で抱きついてくるのが誰かなんて、振り返らずともわかる。
「気が向いたら連絡してあげてね。じゃ」
「あ……うん、バイバイ」
都古の登場を機に、七瀬はあっさりと手を振って立ち去ってしまった。
「話、邪魔した?」
「ううん、大丈夫。あとで綾くんに連絡してみる」
話の前後が分からなくとも、深刻かどうかぐらいは伝わるようだ。会話を途切れさせたと気にしながらも、都古はそれ以上深く追及してくることはなかった。
「このままお昼ごはんにする?皆もう食べるかな」
都古と連れ立って廊下に出ながら、葵はブレザーのポケットに忍ばせていた携帯の画面を開いた。食事のたびにいつものメンバーと連絡を取り合い、待ち合わせる。それが当たり前になっていくのが、葵にとっては喜ばしいこと。
でも数文字を打ち始めたところで、都古がそっと手を重ねてきた。
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