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act.8月虹ワルツ<86>

「みや君とはぶつけたくなかったんだけどな。次はやり返さずにいられないでしょ、あの子の性格考えたら」 涼しげな見た目に反し、血の気が多い都古。冬耶の言わんとしていることは分かる。 「なっちも会話してるんだよな?」 「みたいっす。絡まれたのは今日が初めてやないとも言ってました」 「そっか、参ったな。北条とか月島だったらまだマシだったんだけど」 奈央が一番に可愛い後輩だから、という意図の発言ではない。若葉の挑発に乗らずに上手に受け流せるかどうかの違いを言っているのだろう。都古も奈央も、ベクトルは違えど真っ直ぐな人間だ。若葉の興味を失せさせるように会話をコントロールすることなど出来ないだろう。 「九夜の側近とは連絡取れそうなんだよな?」 「おそらく。でも、あんま期待はせんといてください」 冬耶は自身の携帯番号を書いたメモをベッドに放り投げながらも、彼からコンタクトがあるとは思っていないようだ。だが、仮に徹と連絡が取れたとて、若葉を引っ張り出すのは難しいだろう。冬耶が接触しようとすればするほど、面白がって逃げ回るような性格だ。 「校内で見つけたら捕まえて、連絡頂戴」 冬耶はあらゆる手を使って若葉と対面する気らしい。幸樹をその手段の一つとして使うつもりでいるようだが、簡単な話ではない。あの獣を一人で押さえるのも非現実的だというのに、それを冬耶がやってくるまで維持しろというのだ。無茶にも程がある。 だが冬耶相手に反論するだけ無駄だ。幸樹はまだ室内の様子を観察している冬耶に、出会ってからずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。 「それ、例のパーカーっすか?」 彼がこれ見よがしに胸に抱き続けている大きなビニール袋。衣類にしては大きすぎる気がする。触れたら負けな気がして無視し続けていたが、さすがに限界だ。 「あぁ、これ?新しい部屋に置いてあげてほしくて持ってきた。あの子の安定剤だから」 冬耶から差し出された袋の中に詰め込まれていたのは、真白い毛並みのうさぎ。このぬいぐるみの持ち主など聞かなくても分かる。 「ほんまに引越しさせる気です?別に今やなくても」 綺麗に手入れはされているが、うさぎはそれなりに年季が入っていそうだ。葵にとって大切な存在なのだろう。一人部屋になる葵の不安を取り除くためのアイテムだというのは分かる。 だが、そもそも葵を移さなければ解決する話。個人的には葵と部屋が近くなるのは楽しみではあるものの、手放しには喜べない状況だ。 「これで二年の役員が増えるかもな?」 「……あぁ、そういうことっすか」 冬耶が何を企んでいるか、その一言で全て理解できた。 生徒会フロアに移った葵と長く過ごすためには、当然役員になる必要がある。冬耶は京介か都古、もしくはその両方に役員になる道を示したいのだろう。強行手段にもほどがあるが、あの二人にはこのぐらい極端な真似をしないと効き目がないと幸樹も思う。 「綾瀬くんや七瀬ちゃんも釣れそうだしな」 孤独な友人を見過ごせない状況に追い込む容赦ない作戦。目的と手段には納得したが、冬耶が考えたにしては葵の負担が大きい気がする。 「……発案者、絶対相良さんやろ」 「正解、さすが上野。はるちゃんに苛められてただけあるね」 学園の長は冬耶だったけれど、幸樹の目からは実権を握っていたのは遥のように見えた。穏やかで人の良さそうな見た目と、冬耶を立てるような振る舞い。そのおかげで騙される人も多かったが、冬耶ですら手の平の上で転がしていたような印象がある。

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