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act.8月虹ワルツ<93>

料理が運ばれてくると、椿は高そうなスーツに気を使うことなく大胆にハンバーガーへとかぶりついた。顔立ちは馨によく似ているし、物憂げな表情は葵にも通ずるところがあると思ったが、纏う雰囲気は二人とはまた違った独特のものがある。 「アンタまで行儀悪いとか抜かすなよ。毎日堅苦しくてやってらんないんだから」 冬耶の視線に気付き、椿は鬱陶しげに睨んでくる。豪快なだけでマナーが悪いとは思わない。だが、上流家庭の子息としては許されない行動なのだろう。 「なぁ、アンタの話に返事はした。次は俺の番でいい?」 「……どうぞ」 どうやら椿が冬耶に付き合ったのは、彼もまた冬耶に話したいことがあったかららしい。一体何を言われるのか不安でないと言えば嘘になるが、椿が主張する権利は真っ当なものだ。断る理由はない。 だが覚悟して促した冬耶にもたらされたのは、意外な質問だった。 「葵、もう大丈夫なの?登校し始めたみたいだけど」 頬杖をついた椿が、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。誤魔化すようなことを口にすれば、すぐにでも見破ってきそうなほど強い視線。 「あぁ、何があったかは察してる。制服がダメになって、一週間休むようなこと。それで十分」 だからこの場で言わなくていいと、椿は補足してきた。隣の席とはそれなりに間隔が空いているとはいえ、さすがにあの日の出来事を口にするのは憚られる。彼の申し出はありがたかった。 「足首を捻挫してますが、一人で歩けるほどには回復しています。試験もきちんと受けてますよ」 「あ、そう」 葵の体調が心配で、こうして渋々ながらも冬耶の誘いに乗ったのだと思う。それなのに椿は冬耶の回答に興味のなさそうな素っ気ないフリをしてみせた。 頬杖を付いたまま付け合わせのポテトを摘んで口に運ぶ仕草。これは気だるげで行儀がいいとは言えない。だが妙に色っぽくも見えるのだから、顔立ちというのは随分人の印象を左右するものだと思わされる。 「篠田さんはどうして藤沢家に?」 「金」 冬耶の疑問に椿は一言で返答する。余裕のある生活でなかったことは知っている。彼には藤沢家の資産を利用する権利があることも。彼の回答が嘘だとも思わない。でも完全なものではないはずだ。 「あーちゃんと暮らすため、ですよね」 椿の本心に触れるためにもう一歩踏み込んだことを尋ねてみる。すると椿は指先に付いたソースを舐め取りながら、再びこちらに視線を戻してきた。 「俺にはよく分からないんです。施設であなたとあーちゃんが親しい関係にあったことを聞きました。大切に思っているんだろうってことも」 何の反応も示さない椿に、冬耶は畳み掛けるように言葉を重ねた。 「誤解とはいえ、俺たち家族に恨みを抱く動機は理解できているつもりです。でもそれならどうして俺たちに直接ぶつけず、あーちゃんを傷つける真似をするのか。それが分からない」 封じ込めていた過去の記憶を悪戯に呼び起こされた葵がどんな行動を起こしたか。それを思い出して、あくまで冷静でいようと心がけていたが、つい語気が強くなる。

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