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act.8月虹ワルツ<95>

「葵から手を引けって言いたいんだろうけど、それはアンタに指図されることじゃない」 「いえ、そういう話をしたいわけじゃありません。篠田さんとの血縁関係も、施設で出会っていたことも、全てあーちゃんに話しませんか?きちんと説明すれば、あの子は理解してくれます」 今は椿を得体の知れない相手として恐れているが、愛情の裏返しだと知ったら葵はきっと受け入れられるはずだ。血の繋がった兄がいる事実も、葵の支えになるに違いない。 「アンタ、ほんとに腹立つな。葵のこと何もかも分かってるって態度。アンタがいなきゃ俺が……」 椿は苦しげに顔を歪め、そこで言葉を切った。冬耶が葵の兄として振る舞うこと、それ自体が椿の怒りを買っていたらしい。椿からしたら、彼の立場を奪った相手だ。憎くて仕方ないに違いない。 「俺はあーちゃんの幸せを第一に考えたいだけです。篠田さんと争うつもりはありません」 椿との和解が葵の幸せに繋がる。そう思えるからこうして会いに来たのだ。 冬耶が兄としての座を離れることを、きっと椿は望んでいる。でも葵と交わした約束を破る選択肢は冬耶にはない。もし兄を卒業することがあるとするならば、葵が冬耶を一人の男性として愛してくれた時だけ。 「お兄ちゃんって何人居てもいいと思いませんか?あーちゃんもいっぱい居たほうが嬉しいだろうし」 冬耶の提案に、椿は怒気を削がれたように呆れた顔になった。 「アンタにはもういるじゃん、デカくて目つき悪いの」 「弟だって何人居てもいいもんですよ」 冬耶にとっては京介だって可愛い弟だ。それに、都古だってすでに弟のような存在。生徒会の後輩たちも、葵を大切にしてくれる子たちも同じく。 他人との関わりを避け、葵のことだけを考えて生きてきた椿には共感してもらえないかもしれないが、冬耶は至って真面目に話しているつもりだ。 「アンタらと馴れ合うつもりはない。家族ごっこも認めない」 「“ごっこ”じゃありません」 冬耶は即座に否定したが、椿の態度は頑なだった。穂高の態度が軟化したからには、多少説得の余地があるものだと期待していたが、そううまくいくはずもない。 「今の状態なら、あーちゃんにはまだ篠田さんのことは話せません」 「好きにすれば?俺も好きにするから」 冬耶に対し、折れる気は一切ないようだ。アイスコーヒーのストローを噛みながらこちらを睨みつけてくる椿の目には、冷たい色が宿っていた。

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