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act.8月虹ワルツ<96>

「あーちゃんへの態度を変える気はないってことですね。それなら不本意ではありますけど、二度と接触させません」 「葵に会うのに、なんでアンタの許可がいんの?」 「あの子の兄なので」 椿と協力体制をとれればとは思っていたが、冬耶にも譲れないラインはある。葵を傷つける相手ならば、いくら血の繋がった兄とはいえ、許す気はなかった。だから怒らせると分かっていて、宣言してみせる。すると予想通り椿は悔しげに眉を顰め、そして席を立ってしまった。 自分のペースに巻き込み、思い通りに話を進めるのは得意だった。でも今回は明らかにしくじった。椿の冬耶に対する恨みが深かったせいもあるが、冬耶の立ち回りもいつもよりスマートではなかったと反省する。 覚悟を決めたつもりでも、まだ心のどこかで葵の兄として積み上げてきたプライドが邪魔をしたのだと思う。椿が現れなければ。そんな自分らしくない考えも、つい頭をよぎってしまう。 “大失敗” 椿との面会結果を送る相手は遥。明け方であることを考慮してメッセージにしてみたのだが、数分も経たずに彼から電話がかかってきた。 『だから俺も付き添うって言ったのに。カッとなって煽るようなことでも言ったんだろ?』 挨拶も無しに、呆れたような声で詰られる。状況説明は全くしていないはずなのに、まるでやりとりを聞いていたかのような口ぶりだ。図星なのが辛いところでもある。 「いつ戻ってくるか分かんない遥待ってらんないよ」 『“もうすぐ”だって言わなかった?』 彼の中では六月なんてすぐに訪れる認識なのかもしれないが、一分一秒でも無駄にできない状況でそれは長すぎる。遥もそんなことは分かっているだろうに、妙なところで主張を曲げない。 『で、どうするんだ?一旦引く?』 「篠田さんのこともなんとかしたいけど、先に九夜のほう片付けないとかな」 『うん、それは同意』 馨に付き添ってやってきた時のように、椿がまた学園内に侵入してくるとも限らない。だが大分拗らせてはいるものの、椿の葵への想いは愛情だ。それよりも、あの暴力的な男が敷地内を自由にうろつける状態が恐ろしい。 「九夜の家割り出してまた張り込みかなぁ」 『……大学は?ちゃんと出席してる?』 「通えてると思う?なんかめちゃくちゃ忙しいのよ。なんでだろ」 普段はぼやけない愚痴を吐き出せば、電話の向こうで遥が笑うのが分かる。 『俺も手伝うから。それまで頑張って耐えてよ』 「……だから、いつ来るのよはるちゃん」 遥の申し出はありがたいが、一人で持ち堪えるにはそろそろきつくなってきた。早く助けて欲しいと飾らずに弱音を吐いても、優しいのか意地悪なのか分からない友人は“もうすぐ”と言って笑うだけだった。

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