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act.8月虹ワルツ<99>
「ねぇ葵ちゃんはさ、七が綾としかキスしないって言った時、悲しかった?七とキスしたいとか思ったりした?」
葵の腰に腕を回しながら、七瀬が不意におかしなことを質問してきた。葵より小さいとはいえ、身長差はほんの数センチ。顔の位置もほとんど変わらない。その状態でツンと唇を寄せながらキスの話題をされると、気恥ずかしさが込み上げてくる。
「悲しいとは思わなかったよ。七ちゃんとキスは……考えたこと、なかった」
「うん、じゃあ今考えてみて。京介っちとか、都古くんとするみたいに、七ともしたいって思う?」
七瀬からもたらされる言葉はいつもどこか難しい。七瀬のことはもちろん好きだ。葵にとっては初めてできた友達という特別な存在。でも手を繋いだり、こんな風に抱き合ったりすることはあっても、それ以上の触れ合いはしたことがなかった。だから想像がつかないというのが正直なところ。
「七ちゃんも特別だから、したいかどうかでいったら、したい、なのかな?」
「んー、七も葵ちゃんは有りなんだよな。綾も葵ちゃん相手なら怒らなそうだし。……ごめん、話の持っていき方失敗しちゃった」
謝られても、七瀬がどんな結論を導き出させたかったのかが分からず、曖昧に頷くことしか出来なかった。
「七ちゃんとはしたくない、が正解だった?」
「そう言われるのはなんか嫌だ。七だけダメとか悔しいもん。したいって言われたほうがいい」
拗ねたように抱きつく腕の力を強められ、ますます答えが分からなくなる。でも葵だって、七瀬を拒絶するような言葉は口にしたくない。
「まぁ、葵ちゃんはこのままちょっとずつ、でいいのかな。自分からするのも覚えたみたいだし、気持ちも追いついてくるのかもね」
「覚えたって?」
「都古くんの首、気付かないと思った?あれ、葵ちゃんだよね?」
首筋を指先で突かれ、何を示したいのかはすぐに理解出来た。昨夜都古に付けた“好きの印”。
「なんで僕が付けたって分かるの?」
「分かるよそりゃ。だって都古くんは葵ちゃん以外、許さないでしょ。仮に誰かに付けられたら、皮膚ごと剥ぎ取りそうだし」
七瀬の描写で痛々しい想像をしてしまう。思わず顔をしかめれば、七瀬はごめんと言いながら笑った。
それにしても、シャツの隙間から赤い痕が覗き見えただけで犯人が自分だなんてバレるとは思わなかった。
不慣れな葵が付けた痕はほんのりと赤く色づく程度で、ただの虫刺されのように見える。だからさして気にしていなかったのだけれど、もしかしたら周囲の人も七瀬と同じように昨夜の出来事を察してしまったのだろうか。
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