1202 / 1636
act.8月虹ワルツ<100>
「京介っちにも同じことしてあげたの?」
「……ううん、してない」
「あーあ、都古くんだけ?じゃあ怒ってるでしょ」
都古と共に浴室から出たあとの京介は確かに機嫌が悪かった。寝る前にしつこく与えられたキスも、葵に満足な息継ぎの隙を与えないほど乱暴だった。都古と触れ合っていたのが分かって、怒っていたのだろう。
「三人で仲良くするって、難しいことなのかな」
「七はそれも一つの答えだと思ってるけど、二人が納得しないと叶わないよね。それに、そもそも葵ちゃんの“仲良くする”が、二人の求めてるものとずれてる気がするし」
七瀬の指摘で、葵は昨日の出来事を思い出す。
屋上で目撃した行為。二人が求めている先にあるものがあれなら、葵は受け入れるのが怖い。確かめるのさえ怖くて、違う形での妥協点を探ろうとした。その結果が、都古に付けた印だ。
「七ちゃんは綾くんとキス以外のこともする?ああいう、好きの印付けるのとか」
「好きの印って、あぁキスマークのこと?」
七瀬は言葉で答える代わりに、ネクタイを少し緩めてシャツのボタンを外した。現れた鎖骨に浮かぶのは、葵が都古に付けたよりももっと濃い痕。
「綾くんが付けたの?」
「そ、七も綾に付けてるよ。試験中はこれとキスだけで我慢してるの」
「……我慢、か」
ということは、彼らは普段それ以外の行為にも及んでいるらしい。京介や都古が我慢していると言っていたものと同じだろうか。
葵が尋ねたら、おそらく七瀬は答えてくれるだろう。二人に聞くよりも確認はしやすい。けれど、あれを口でなんと説明したらいいのか分からなかった。今でも自分の記憶が現実に起こったことだったのか、自信がないぐらいだ。
「ねぇ、七ちゃんは……」
若葉が屋上でしていたこと。衝撃を受けたその光景をもう一度呼び覚ましながら、何かしらの言葉に変換しようと口を開きかけた時だった。
ベランダから臨める寮の裏庭に、あの時の鮮やかな赤色が現れたことに気が付いた。雨足が強くなってきたにも関わらず傘も差さず、パーカーのフードも被っていない。一体彼はどこに向かおうとしているのだろう。
「九夜さん」
名を呟いた途端、彼が葵の居るベランダを見上げてきた。葵の部屋は三階で、若葉はヘッドホンを装着している。それなのに、まるで葵の呟きが聞こえたかのようなタイミングに、驚きで思わず体が跳ねる。
葵の様子を笑うように口元を緩めた若葉は、金色の眼でこちらを見据えたまま、ゆっくりと手招きしてくる。こちらにおいでと誘われても、若葉との接触を禁止されている以上、頷いてはいけない。
ともだちにシェアしよう!

