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act.8月虹ワルツ<102>

* * * * * * 唐突に訪れた冬耶との対面の機会。遠目からは何度も見掛けてはいたし、人柄もそれなりに把握しているつもりではいた。自分とは絶対に相容れない存在。その読み通り、あれから数時間経過しても尚、彼との会話で生まれた苛立ちは引きそうにない。 「ねぇ、椿はどちらの色がいいと思う?葵にはやっぱり淡い色味のほうが似合うかな」 椿とは反対に、馨の機嫌はすこぶる良い。深いブルーと、柔らかなアイボリーのワンピース。椿がどれほど冷たい目線を向けたとて、気にも留めずにそれらを両手に掲げて相談をしてくる。 制服を注文した際に手に入れた葵の身体のサイズを元にして、既製品を手直しさせたらしい。早く着せ替え遊びに興じたがる様子はまるで子供のよう。 「でもはっきりした色味だと葵の色素の薄さが際立つんだよね」 馨は初めから椿のアドバイスなど微塵も求めていなかったらしい。勝手に自分の意見を否定したかと思えば、今度はテーブルに広げた過去の写真を見比べ始めた。 そこには多種多様な衣装を身に纏い、決まった微笑みを携えた葵の姿が映されている。馨の手によって躾けられた綺麗なお人形。感情を殺すことを強制された悲壮感は漂っているけれど、それでもまだ笑えているだけマシかもしれない。 椿が施設で出会った葵は、人の形こそしていたけれど微笑むために口元を緩めるという動作すら出来ない状態だった。ただぼんやりと宙を見つめ、時が過ぎるのを待つだけ。一歩一歩着実に死へと近づいていく弟を、どうしたら救えるのか。悩みながら必死に声を掛け続けたことを思い出す。 あれから約十年の時を経て行方を突き止めることの出来た葵は、名門校の制服を纏い、生徒会の役員まで務める優等生へと変貌を遂げていた。 友人に囲まれ楽しげに笑う葵。その姿を目にしたとき感じた感情を、簡単に言葉では言い表せない。信じていた相手に裏切られた時に感じる、絶望や怒りに近かった気がする。葵は椿が迎えに来ることなど期待していなかったのだと思い知らされた。 葵の幸せを喜んでやれるような真っ当な人間であったら良かったのに。日中出会った冬耶のような兄であれたなら……。 そこまで考えて椿は馨の視線が再びこちらに向けられていることに気が付き、不毛な思考に区切りをつけた。 「ねぇ、椿も葵と一緒に撮ってあげようか」 「……なんで?馨さん、俺に興味ないでしょ」 「うん、椿には興味ない。でも葵と並んで対比させた画は面白くなりそうだと思うよ。顔立ちに共通項はあるけど、顔つきはまるで違うでしょ?」 馨は葵の純真無垢さを強調して演出しようとしている。ということは、椿はその真逆の存在として描きたいのだろう。その見え方に異論はないが、馨の玩具にされるのは御免だ。

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