1205 / 1636

act.8月虹ワルツ<103>

「あの双子と撮影させるんじゃないの?」 その撮影計画も馨から聞かされていた。彼は既製品をいじるだけでなく、そのための衣装を一からオーダーしようとしている。サンプルの生地やレース、装飾品を吟味する姿は、普段渋々こなしている社長業とは違って心底楽しげに見えた。 「聖くん、全然返信してくれないんだよね」 「親と話ついてるんなら、本人から連絡なくたって進められるでしょ」 双子の親であるリエは、葵との撮影の話に大層乗り気らしい。先ほどこの部屋に手直ししたワンピース二着とサンプルを置いて行ったのは他でもないリエだ。 「聖くんに葵を連れてきてもらったら話が楽に進むからね。あの子、私からの誘いをまだ誰にも言っていないみたいだし。実現するのも時間の問題だよ」 馨は葵の後輩である双子のうち、一人に狙いを定めていた。自分の思い通りに動いてくれると確信しているかのような口ぶりだ。彼にとっては自分以外の全てがゲームに登場する駒のような感覚なのだろう。 母の愛した男がどんな人物なのか。葵に近づくためだけでなく、単純に興味が湧いたから馨の傍で過ごす選択をしたのだけれど、未だに良いところは一つも見つけられていない。整った顔と財力を加味しても、この性格ではとてもじゃないがマイナスだと椿は思う。 もし母ともう一度会話出来るなら、この男のどこを愛したのか聞いてみたい。 「あの爺さん、こんなの許さなそうだけどどうするの?」 まだ世に出ていない未発表の作品や、これから撮影するつもりの葵の写真。それらを展示するギャラリーを開催するなんて、どう考えても柾が許可を出すわけがない。ギャラリーの空間デザイン案がまとまった書類を捲りながら、椿は相変わらずご機嫌な様子の馨に尋ねてみる。 「どうしてあの人の許可がいるの?これは藤沢の家とは何にも関係ない活動だよ」 馨の言い分が通用するわけがない。当時は藤沢グループには属さず、気ままなアーティスト業だけしていた身だったが、社長に就任した今の彼に自由などない。 理解した上で真っ向から歯向かう気なのか、それとも馨個人の趣味に父親が口を出す権利がないと主張するつもりなのか。椿には判断が難しい。 それに馨がモデルにするつもりの人物も藤沢家の人間。過去に世に出た葵の写真や情報は、柾がありとあらゆる手を使って潰し込んだと聞いた。再び柾の望まない形で葵を表舞台に立たせることは、断固として阻止したいはずだ。 「柾に言われた仕事はきちんとしているしね。ねぇ、穂高」 「……はい」 馨は傍で黙々と資料の整理に徹していた穂高にも話を振り始めた。穂高のサポートがなければ、社長としての顔を維持するのが難しい。にも関わらず、忠実な秘書の仮面を被った男は馨の言葉を肯定してみせる。 「そうだ、穂高はどちらを先に着せてあげたい?」 「どちらでも、お似合いだと存じます」 「ううん、そうじゃない。穂高が葵に着せたいほうを聞いているんだ。本当は私の手で着替えさせてあげたいけど、きっと当日は撮影の準備で忙しいだろうから。穂高に任せるよ」 馨は穂高をどこまでも巻き込むつもりらしい。葵を馨と引き合わせるだけでも彼にとっては避けたい展開のはずなのに、自分の手で仕上げた葵を馨に差し出すなんて真似は屈辱的だろう。普段は動揺を見せない穂高の顔に、険が滲む。

ともだちにシェアしよう!