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act.8月虹ワルツ<105>

* * * * * * 日中あれだけ寝たというのに、今夜も都古が寝息を立て始めるのは早かった。鎮痛剤のおかげか、それなりに深い眠りにもつけているらしい。葵は彼に寄り添うように寝そべり、髪を撫で続けてやっている。 「……もう寝んの?」 煙草の火を消し、換気のために開けていた窓を閉めてから、京介はベッドの上の光景を見て確かめるように声を掛ける。明日は試験の最終日。もう少し勉強したがると予想していたが、葵は負傷した都古を何よりも優先したいようだった。 「京ちゃんも一緒に寝よう」 都古が眠っている間は二人きりの時間。それを期待していたというのに、葵はあくまで三人を望むらしい。せっかく落ち着きかけた苛立ちが沸々と込み上げてくるのを自覚する。それでも伸ばされた手を振り払うことは出来ない。 三人で並んでも問題ない大きさのベッドに乗り上げ、都古に向き合う葵を背後から抱きすくめる。風呂から上がってそれほど時間が経過していないことを示すように、温かくて小さな体からは石鹸の香りが漂ってきた。 学園に戻ってから、葵は都古と二人で入浴するのが習慣になりつつあった。その状況をかろうじて見逃せたのは、都古が葵に手を出している形跡がなかったから。でも昨夜は違った。 ゆるく纏った浴衣から覗く肌に赤い痕を浮かばせ、満足げな表情を浮かべる都古と、頬を火照らせ目元を潤ませた葵。どう見ても何かあったとしか思えない。 だから昨夜は問いただす代わりに、都古の感覚を上書きするように葵の唇を奪った。苦しそうに涙を滲ませても解放せず、ただ己の感情を押し付けるような真似をした自覚はある。 そのせいで今葵は京介のほうを見ず、背中を向け続けているのだと思う。無防備だった葵が警戒することを覚えるのは構わないが、その相手が京介というのが気に食わない。 「葵?」 こっちを向くよう呼びかけても、葵は都古の髪から手を離さない。彼の存在を言い訳に、京介との触れ合いをはぐらかしたいのだろう。拒絶されているとまでは感じないが、都古を受け入れたくせにと思わなくはない。 葵の髪を整えてやっていた遥が日本を離れて二か月。伸びてきた襟足が白いうなじを覆い隠している。金色の髪を唇でかき分けて直接うなじを啄むと、葵はぴくりと肩を揺らした。一定のリズムで都古の髪を撫でていた手も止まる。 向き合う体勢をとらなければ、昨夜のようなキスを与えられずに済むとでも考えていたのだろう。こんな風に背後から愛撫されることを想像もしないなんて、やはり葵は甘い。

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