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act.8月虹ワルツ<106>

「きょ、ちゃん」 薄い皮膚に浮かぶ骨の凹凸を舌先でなぞるだけで、葵は声を上擦らせる。逃げるように首が振られるけれど、柔らかな毛先が京介の鼻先をくすぐるだけ。煽られることはあっても、やめてやろうだなんて思いもしない。 首筋の次に狙いを定めるのは、すでにほんのりと赤く染まった耳たぶ。柔らかくて小さなそこを見つけるたび、すぐにかじり付きたくなる。 唇が離れた感覚で油断した様子の葵は、京介が耳を食むと面白いくらいに肩を跳ねさせた。 「……んッ」 「あんまり動くなよ。都古が起きる」 薬の効果で熟睡している様子の都古がその振動ぐらいで起きるとは思わないが、万が一を考えると葵に言い聞かせておいたほうがいい。ここで葵が都古を揺さぶり起こすぐらいの拒絶を見せればそこまでだというのに、素直に頷いた挙句、都古へと伸ばしていた手を引っ込めるのだからどうしようもない。 葵の考えていることは分かる。京介と都古が揉めることを避けたいのだと思う。どちらかと触れ合えば、もう一方の機嫌を損ねることはいい加減理解してきたのだろう。葵なりにバランスを取ろうとしているようだが、欲しいのは平等ではない。 葵の体を改めて抱き直しながら、もう一度首筋と耳元に狙いを定めて口付けを送っていく。触れるたびにぴくりと震える体と溢れる吐息。これでも昨夜のことは反省している。だからただ少し触れるだけで我慢しようと思っていたのに、自信がなくなってくる。 「こっち向いて、葵」 シーツを掴む手に己の手を重ね、今度は言葉でもはっきりと誘いを掛ける。だが首は横に振られた。そのくせ京介に触れられるのを待っていたかのように指を絡めてくるなんて、ずるいとしか言いようがない。 「嫌?」 「……や、じゃない」 「じゃあ何?」 無言になった葵の手を包むように握ってやると、葵からも力が込められた。葵なりに京介を好いているのは分かっている。葵のペースに合わせて待ってやろうと思ったこともあった。けれどそれではもう遅い。 「向きたくなったら教えて」 京介がそう囁けば、葵から安堵の溜め息が漏れる。だが、これで終わりにするつもりはない。次に葵とこうして夜を過ごせるのがいつになるのかも分からないのだ。 「んッ……きょ、ちゃん?」 葵と繋いでいないほうの手をパジャマの裾に滑り込ませると、すぐに控えめな非難が寄せられた。 薄い腹が熱を持っているのは湯上りのせいか、それとも首筋への口づけのせいか。どちらにせよ火照った素肌は京介にとって心地が良い。 体温の違いを馴染ませるように時間を掛けて手を上らせていくと、葵の体が少しずつ丸まっていく。刺激を耐えるため、なのだろう。 肌をなぞる指がどこに行き着くか。葵もさすがに予想はついたようだ。近づくにつれて、腕の中の体がますます強張る。

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