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act.8月虹ワルツ<122>

* * * * * * 二ヶ月前まで長い時間を過ごした生徒会室。主が変われば部屋の雰囲気も大きく変わるものだと実感させられる。 一際目を引くのは簡易キッチンの隣に置かれたキャビネット。優美なデザインの茶葉の缶とティーカップが陳列されていることから察するに、紅茶好きな櫻が用意したものなのだろう。 放課後、生徒会活動のお供に紅茶を楽しんでいる後輩たちの絵が浮かんで、つい口元が緩んでしまう。 「おいこら、何笑ってんだ」 それを見咎めた親友に尖った声を出されて、遥は視線を正面に戻した。 「なんだっけ?」 「“なんだっけ”じゃないよ。いつ帰国が決まったのかって聞いてるんだ」 冬耶とは葵との再会後偶然鉢合わせをした。彼もまた、試験を乗り越えた葵を労いに、アポ無しで学園まで顔を出しにきたらしい。遥の帰国を初めこそ驚き、喜んでくれたものの、段々と怒りの感情が湧いてきたのか、こうして遥を問い詰めてくる。 「んー、難しい質問だな」 「いや全然難しくないだろ。っていうか、昨日電話した時は?あれフランス?こっちに居たの?」 「あぁ、冬耶と電話したあと空港に向かったかな」 ただ事実だけを告げれば、冬耶はますますむくれた顔になった。遥が相談もなしに帰国したことがよほどお気に召さなかったらしい。それに、冬耶自身が企てていた葵へのサプライズがすっかり台無しになった恨みもあるのだろう。 「“もうすぐ”って言っただろ」 「言ったけど、まさか翌日来るとは思わないだろ。この嘘つき」 「嘘はついてないけど」 六月に帰国しようと思っていたのは事実だし、それを早めるために調整しているとは話していたはずだ。何一つ嘘はついていない。 「葵ちゃんを一番に驚かせたくて」 そう言いながら、遥は自分にしがみついたままの葵を見下ろした。 再会からずっと、葵は遥に引っ付いている。少しでも離れたら遥が消えるとでも思っているのだろうか。これほど恋しがる様子を見せられると、帰ってきて良かったと実感させられる。 「実際遥の帰国知ったのは、あーちゃんじゃなくて北条が一番じゃん。普通俺じゃない?その役目」 「そこ?北条に妬いてるのか?」 それまで黙って成り行きを見守っていた後輩は、不意に名前を出されて気まずそうに視線を投げかけてきた。遥の指示に従っただけの彼からしたら、いい迷惑だろう。 なぜ葵との再会の演出に忍の手を借りたのか。冬耶に予想が出来ないわけがない。卒業生である冬耶に校内をうろつかせれば、それだけで噂になる。在校生であり、ポーカーフェイスな忍が適任だと思っただけ。 「そろそろランチにしませんか?せっかくの料理が冷めちゃいますし」 人数分のコーヒーを淹れて戻ってきた奈央が、見かねて仲裁を買って出てくれた。彼は同じ役員として過ごしてきた時間がある分、先輩たちのくだらない言い合いには免疫がある。 「なっちはどっちが悪いと思う?絶対遥だよな?」 「え、いや……僕は遥さんが帰ってきてくれて嬉しいですよ」 「そういう話をしてるんじゃない」 自分の肩を持ってくれない奈央に、冬耶は当てつけのように大きな溜め息をついた。この辺りが潮時だろうか。 「悪かったよ。冬耶の驚いた顔も見たかった、それじゃダメ?」 「じゃあ大成功だな!」 むくれたまま言い返してきた冬耶の表情に、もう先ほどまでの怒りの色はない。初めから本気で怒っているわけではないことぐらい分かっている。遥のサプライズにまんまと引っかかったことが悔しかっただけなのだろう。

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