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act.8月虹ワルツ<123>

まだ熱心なファンの多い卒業生二人が揃えば、静かに食事をとることは叶わない。だからわざわざ食堂からランチを取り寄せたのだけれど、冬耶が拗ねたおかげですでに冷めかけている。 おまけに先ほどから葵がぴくりともしない。冬耶との不毛な言い合いを一番に止められる存在は彼だったはずなのに、どうやら微睡みはじめてしまったらしい。 「葵ちゃん、ごはん食べよう」 「……ん」 伸びた前髪を払って誘いを掛けると、緩く瞬きは繰り返すものの、瞼は随分と重そうだ。 「昨日夜遅かった?それとも早起きしてた?」 同じ部屋で眠ったであろう京介と都古に確認をとると、彼らは揃って曖昧な反応を見せた。それぞれ寝不足の原因に思い当たるものがあるらしい。単純に試験勉強をしていたわけではないようだ。 部屋を移る前に葵との距離を縮めようとしたのかもしれない。気持ちは分からないでもないが、それで葵が試験で思うような結果を残せなかったらどうするつもりなのか。己の欲望に自制が効かない二人はまだまだ子供なのだろう。 「このまま無理に起こすより、少し寝かせちゃったほうがいいかもな」 凭れてくる葵の体を自身の膝の上に倒してやると、素直に寝転がってくる。眠りを促すように数度頭を撫でるだけで、あっというまに規則的な寝息が溢れてくるようになった。 「こんなに赤ちゃんみたいだったっけ」 「試験も終わって、遥にも会えて、一気に気が緩んだんだろ」 遥の手を握りながらすやすや眠る姿は、子供っぽいを通り越して赤ん坊のようだ。二ヶ月前の葵もこれほど幼かったかと疑問に感じると、冬耶が苦笑いでフォローを入れてきた。 確かに相当無理をしてきたのだろう。離れているあいだに葵の身に起こったことを考えれば、登校し、日常生活を送れているほうが不思議な状態だと思う。 遥自身は長時間のフライトと時差のせいで、今はそれほど空腹を感じてはいない。葵に仮眠を取らせたあと共に食事をとると宣言すると、周囲はようやく各々が注文した料理に手をつけ始めた。 「で、どのぐらい滞在するんだ?」 「一、二週間ぐらいかな。まだ正確には決めてない」 遥の返答に、冬耶は疑わしい目を向けてきた。彼の反応も無理はないと思うが、帰りの便は本当に押さえていない。 帰国の第一目的は傷ついた葵の心を少しでも癒してやること。そして、全ての責務を背負い込み続ける冬耶の手助けをするつもりでもいた。それがどの程度の時間を要するのか、目算がついていないのだ。 「そのあいだは家に泊まるのか?」 「うん、そのつもり。あぁ、でもまだ父さんに連絡してないや」 「おいおい、譲二さんまで驚かす必要ないだろ。腰抜かすぞきっと」 実家に帰るだけ。わざわざ父親に了解をとることでもないと考えていたが、いきなり息子がフランスから帰ってきたら間違いなく驚くだろう。普段無愛想で感情表現が乏しい彼が驚く姿は、あまり見ることができない。 「今面白そうって思っただろ?親不孝者め」 付き合いが長い分、冬耶には遥の些細な感情の動きが容易く読み取れるらしい。鋭い指摘を否定するでもなく微笑みを返すと、冬耶は譲二に同情するような表情を浮かべた。

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