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act.8月虹ワルツ<124>
「そういえば月島と上野は?」
この部屋にはあと二人、役員の姿が足りない。集合をかけたわけではないが、当然顔を出すと思っていた。
「櫻は演奏会が近いので自室でピアノの練習を。上野はどこをほっつき歩いているんだか知りません。連絡はしたのか?」
「うん、でも幸ちゃんからの返信はまだ。読んではいると思うんだけど」
図体だけは大きいものの、臆病な気質は相変わらずらしい。帰国した遥に対峙する勇気がないのだろう。
歓迎会で起きたことは不幸が重なったもの。幸樹の責任を追及するつもりはないが、彼のその後の行動は咎めたい。すでに散々叱られているだろうが、遥からも一言言わずにはいられなかった。彼はそれを見越して逃げたようだ。そこが彼の弱いところ。
滞在中にどうにかして一度捕まえておきたいものだ。
「君は、爽くんだっけ?お兄さんは?」
遥は次にこの空間で一際居心地悪そうにする存在に声を掛けた。
「あ、えっと、仕事っす」
「一緒にモデルしてるんじゃなかった?」
「今日は聖一人で受けてるドラマの件なんで」
冬耶や葵からの話では二人一組で動いている印象が強かったが、どうやらそうでもないらしい。そういえば、爽のほうはギターをしているとも聞いた気がする。二人とも生徒会入りを目指してはいるようだが、成長の仕方を別々に模索しているようだ。
それにしても、爽は思った以上に大人しい。はじめは上級生だらけの空間で緊張しているのかと思ったが、彼にとってこんな状況は日常のはず。となると、彼を萎縮させているのは遥で間違いないだろう。
テーブルを囲むソファには座らず、隅に出したパイプ椅子に腰掛けているところも、彼の心境を表しているようだった。
「生徒会入りたいんだって?」
「はい。試験の結果次第だとは思うんですけど、すぐにでもなりたいです」
遥に対して緊張した様子は見せるが、己の意思は臆することなく真っ直ぐにぶつけてきた。
出会いは入学式だと聞いたから、付き合いの長さでいえば二ヶ月にも満たない。それでも学園生活を葵に捧げる覚悟を決めているらしい。
「葵ちゃんのため?」
「それが第一っすけど。……ここが、好きなので」
少し躊躇う様子を見せながら付け加えた言葉。爽は生徒会室を指すような言い方をしたが、この空間にいる人のことも含めて“好き”なのだろう。
個性の強い生徒の集まりが組織としてうまく機能するか、全く不安だったわけではない。全ての歯車になるのは葵。好意を持つ者同士が取り返しのつかないほどぶつかる可能性だってある。
だが、彼らは彼らなりに絆を深めているようだ。爽の言葉に満更でもない顔をする忍や奈央の顔を見ればよく分かる。
「頑張って。葵ちゃんをよろしくな」
やる気のある後輩の気を削ぐような真似はしない。ただ応援する言葉を与えれば、爽は大きく頷いた。そして自身の椅子を一歩前に移動させ、物理的にも輪に入ってみせる。
生意気だと聞いていたが、彼は随分素直な印象を与えてきた。三つも離れていると、余計にそう感じるのかもしれない。
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