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act.8月虹ワルツ<127>

「そういえばもうすぐ体育祭だな。月島、大丈夫?」 「大丈夫、とは?」 「演奏会が終わるまではそっち優先だって言って、なかなか演舞の練習に来てないって聞いたから」 それは確かに事実だ。だが、その話をなぜ遥が把握しているのかが疑問だった。 「あぁ、瀬戸がよく連絡くれるんだ」 忍の戸惑いの理由を察して遥はすぐに答えをもたらしてくれる。 そういえば体育祭の実行委員長である瀬戸は前年度の役員であり、遥を熱心に慕っていた。卒業後もまだ交流が続いているということは、遥も彼を後輩として可愛がってはいたようだ。 「なぜ瀬戸を推さなかったんですか?順当に行けば、彼が会長になるはずでしたよね」 「ん?そのほうがよかった?」 「そういうわけではありませんが」 遥たちなら忍や櫻が選挙に立候補したところで、出馬を認めないという選択もとれた。仮に出馬させても、彼らが瀬戸を推す姿勢を見せれば、投票の結果は大いに違ったはずだ。 「瀬戸は俺に愛されてる葵ちゃんの存在が気に食わなかったみたいだから。俺が見てる手前、あからさまに苛めるようなことはしなかったけどな」 「葵のため、ですか」 「悪意を向ける相手との接し方もいずれは葵ちゃんに学ばせたいけど、まだその段階じゃない」 遥は、瀬戸が自身の嫉妬心を制御できるほどに成長していれば残しておいたとも続けた。 「なぁ、北条。なんで俺たちが学園行事で例年以上のパフォーマンスをしたか分かる?」 唐突に与えられた問いは、一見簡単に思えるものだ。派手好きな冬耶と、彼に負けず劣らずイベントごとが好きな遥。それが答えだと思っていたが、わざわざ尋ねてきたということは、別の答えがあるのだろう。 「俺たちはこの学園の生徒会っていう特殊な制度を、葵ちゃんを守るために私的に利用している」 ルールを無視して葵を役員として招き入れたことや、個人の一存で瀬戸を役員から落としたことを指しているのだろう。 「だから俺たちに出来る最大限の対価を学園に還元することに決めた。立派な会長と副会長になってな」 彼らが卒業した今でも凄まじい人気を誇り、慕われていることを考えれば、その思惑は成功といえるだろう。十分すぎるほど学園に貢献していたことは誰もが認めるはず。 「で、それを引き継いだわけだけど、月島は大丈夫そう?」 遥はまた元の質問に立ち戻った。生徒会の名誉が崩れれば、葵を守る箱として機能しなくなる。彼はそれを懸念しているのだろう。 「一度やると言ったからには、無様な姿を晒すような真似はしませんよ。絶対に」 生徒会の雑務には文句を垂れるものの、彼はピアノの腕前もさることながら、学業でもトップクラスの成績を維持し続けている。表向きはさも簡単なことのように振る舞っているが、同室だったから分かる。彼がどれほど努力しているかを。負けず嫌いの度合いも常人の比ではない。 「だから、それが心配なんだって。人に頼れない性格だろ。奈央とか上野に代わらせるのも一つの手なんじゃない?」 「俺がそんな提案をしたら、あいつは余計意固地になるだけですよ」 「……まぁ、そうだよな。また倒れないといいけど」 遥の言うように、寝食を削るほど心血を注いで演奏会に臨んだ結果、倒れたり体調を崩したりするのは一度や二度の話ではない。でも今回はいつもとは違う。

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