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act.8月虹ワルツ<140>
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この一週間共に食事をとるのが習慣化していたというのに、葵が不在というだけで途端に集まりが悪くなる。というより、そもそも集まろうなんて誰も呼びかけない。葵が居なければ意味がないと誰もが感じている証拠のようだった。
“夕飯食って帰る”
仕事に出掛けている相棒からもこんな連絡が入ったことで、爽は一人で食堂に向かう覚悟を決めた。
試験が終わって解放的になっているのか、学園全体がどこか浮ついた雰囲気に包まれているように感じる。今でも熱狂的なファンの多い卒業生二人が揃って現れた事実も、生徒たちの興奮を掻き立てているようだ。運良く目撃できた生徒を囲んで噂話に興じる群れが、食堂のそこかしこで見受けられる。
初めて会った遥は事前情報通りの人物だった。櫻とはまた違った系統の美人で、物腰は穏やか。けれど、誰よりも強いと感じていた冬耶を余裕で転がす様は、爽に衝撃を与えた。現在学園の王として君臨している忍も随分気圧されていたように思う。
そして何よりも驚いたのは、葵の懐きっぷり。一瞬でも遥と離れたくないと甘える葵の姿は、どれほど遥を求めていたかを周りに思い知らせるものだった。それを余裕で受け止める遥の態度も、爽に複雑な感情を抱かせた。
生徒会役員になれば葵との距離を縮められる。そう信じていたけれど、積み重ねてきた年月の浅さを実感すると不安になった。これからいくら葵との時間を過ごしたとて、先に葵と出会った人たちの時間を追い抜かすことは出来ない。
「……はぁぁ」
爽が吐き出した深い溜め息は、真後ろの席に新しくやってきた生徒たちの話し声で掻き消される。
ちらりと振り返って様子を窺うと、その集団は全員ジャージを身につけていた。練習終わりの運動部の集まりかと思ったが、“体育祭”とか“リレー”とかいうワードが聞こえるから、有志の選手たちなのだと察しがついた。
体育祭はクラス対抗の他に、あと二つ、リレーの競技が予定されている。一つは余興の意味合いが強い、部対抗のリレー。ユニフォームを着て挑む運動部はもちろん、文化系の部活も全力で挑む。といっても吹奏楽部は己が担当する楽器を持ちながら、美術部はキャンパスを抱えながら、なんて勝負を放棄したスタイルが名物らしい。
そしてもう一つは色別対抗のリレー。これは体育祭の花形競技で、得点の配分も高い。当然駆り出される選手は運動部のエース級の生徒ばかり。全てのリレーに参加するという小太郎から聞いたおかげで得た知識だ。
部活動に勤しみながら三つのリレーの練習に顔を出し、さらには体育祭の実行委員の仕事までこなさなければならない。体が足りないと嘆きつつも、小太郎はどこか楽しそうに話していた。彼のそんな態度に、周囲から愛される理由が集約されている気がする。
葵や聖が居なければ簡単に一人ぼっちになってしまう自分とは大違いだ。本来なら爽ではなく、小太郎みたいな人間が生徒会に入るべきなのかもしれない。そんな弱気なこともつい考えてしまう。
団体で食事をするのに慣れてしまったせいで、一人の食事を随分寂しく感じていることを爽は自覚させられた。
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