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act.8月虹ワルツ<147>
「じゃあ、さっき連絡してた相手は?」
「……見てたんすか」
「うん、なんか嬉しそうな顔してんなーって思って」
自覚はなかったが、どうやら随分分かりやすい表情を浮かべていたらしい。今までは葵が携帯を持っていなかったせいで連絡をとることもなかったが、今後は特にこの店内での連絡には気をつけねばと自分の行動を省みる。
「いいじゃん、若者の恋愛事情、おじさんに聞かせてよ。じゃないとマイちゃんに京介はイケそうって言っちゃうよ?」
「勘弁してください」
背中を押された酔っ払いが、より面倒な行動をとることは目に見えている。どうやってあしらうべきか。悩む京介の視界に、唯一店内にいる客がこちらに向かって手を挙げているのが映った。
「あーあ、逃げられちゃった」
注文を取りに向かう背中に、祐生の笑い声が届く。いくらその場しのぎとはいえ、やりとりの相手である葵をただの友人とか幼馴染とは表現したくなかった。正直祐生から離れる口実ができて助かった。
京介を呼んだ客はドリンクの追加オーダーだけでなく、ゲームの相手になることをリクエストしてきた。京介にとってはますます都合がいい。
「相手してきていいっすか」
「いいけど、それ終わったら俺ともやろうよ」
オーダーされたカクテルを準備しながら客からの申し出を伝えると、祐生はそれに便乗しようとしてきた。客の相手ならともかく、二人しかいない店員が遊び出すなんてどうかしている。
こんな誘いを受けるのはこれが初めてではない。バイトに入りたての頃は、ダーツの遊び方を教えるというまっとうな理由の元に行われていたが、今はもはやただ祐生が楽しむだけの時間と化している。
「酒なら飲みませんけど、それでいいなら」
勝負の結果に応じて飲ませたがるのもいつものこと。明日は朝から葵と出掛ける予定が入っているし、出来ればただ普通に仕事をこなして帰りたい。だから祐生の気を削ぐ条件を突きつけてみたのだが、予想に反して特に渋る様子を見せない。
「俺が勝ったらさっき京介が見てた画面、見せてよ。過去のやりとりまでは遡らないからさ」
「悪趣味っすね。俺にメリットなくないですか?」
何が面白くて他人のメッセージを覗き見たがるのか。京介には理解できそうにない。
「じゃあ京介が勝ったら、マイちゃんに連絡してあげる。今日は早めに帰っちゃったって。それならどう?」
「今日だけじゃなくて、今後俺のシフトバラさないっていうならいいですよ」
「えー、それはさすがにバランス悪くない?」
賭けの対象に差があるという意見は理解できるが、本来乗らなくてもいい勝負。これでも十分譲歩しているつもりだ。
バイトを始めた頃は完全な初心者だったおかげで祐生には手も足も出なかったが、最近では勝つことも増えてきた。それに祐生はすでに何杯か酒を煽っている状態。シラフの時に比べると、必然的に狙いが甘くなる傾向は知っている。
勝機は自分にある。そう見積もって京介は頷いた。のちに後悔することになるとも知らずに。
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