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act.8月虹ワルツ<151>
「特別かどうかはともかく、葵ちゃんからここにキスしたいって思ったことはないの?相手からして欲しいってねだられたんじゃなくてさ」
ツンと爪の先で葵の唇をなぞると、葵はまるで悪戯を告白するように“ある”と消え入りそうな声で打ち明けてくる。
京介や都古には、一ノ瀬の件を経て反射的に拒むような態度をとってしまったことを詫び、好意を伝えたくなってしたのだという。
「それから櫻先輩にも」
「へぇ、月島?ちょっと意外だな、それ」
「櫻先輩の前の苗字の話を聞いた時に、なんだかすごく寂しそうに見えて……気が付いたら、しちゃってた」
櫻が自分のパーソナルな部分に葵を招きだしたことは知っていたが、無意識に口付けてしまうくらいには葵も強い好意を感じているようだ。自分から聞き出したにも関わらず、少し面白くないと思ってしまうのは許して欲しい。
でも葵が続けた言葉に、そんな嫉妬など些細なものとして片付けられてしまう。
「あと、今日も」
「今日?」
「……髪切ってもらってる時」
遥の反応を怖がるように、葵は恐る恐るといった様子で見上げてくる。葵が“続き”という言葉に滲ませた期待は無意識のものだと思ってあえて取り違えたのだけれど、まさかきちんと自覚しているとは思わなかった。
「ここにもっと欲しいって思った?葵ちゃんからもしたいって?」
確かめれば、葵は目元に涙を滲ませながらも頷いた。恥ずかしいこととか、いけないことだと感じているのだろうか。
「俺もしたかったよ」
「ほんとに?」
「俺から仕掛けたのに嘘なわけないだろ。それに今も。して欲しいってはっきり伝えてるはずだけど」
遥の言葉で葵は安堵したように腕を回してきた。凭れかかってくる体は、さっきまでお互いに与え合ったキスのせいで熱を帯びている。
「そのまま掴まってな」
遥が促した通りシャツを握る手に力がこもったのを合図にして、葵の体を抱え上げた。そして向きを変えてマットレスに押し倒していく。仰向けに寝かせた葵に覆い被さるような姿勢はこれから行うことをはっきりと示唆するもののはずなのに、葵は“寝るの?”なんて呑気なことを尋ねてくる。
「お互いにしたいなら問題ないよな」
そう言いながら葵の顔を挟み込むように手を付き、距離を近づけていく。行き着く先にようやく気が付いた葵は、受け入れるように瞼を伏せた。
いつもスキンシップの延長として遥からキスを与えるだけだった。だから葵からも求められてするものは全く別物だと実感させられる。
柔らかな唇を啄むたびに、遥の腰を挟み込むように開かれた葵の両脚がピクリと痙攣する。遥の肩に縋る指も同じ。
あくまでまだ唇同士を擦り合わせるだけのキスで留めているというのに、この反応だ。もし舌を差し入れたらどうなってしまうのか。まだそのラインを超えるつもりはなかったのに、蕩けた目で息を紡ぐ葵の様子は遥の理性を揺さぶってくる。
遥自身の気をおさめるために一度顔を上げたのだけれど、葵は離れたくないと言いたげにシャツを引っ張ってくる。
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