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act.8月虹ワルツ<152>
「はるか、さん」
「どこでそんな誘い方覚えちゃったのかな」
二人分の唾液で光る唇から舌を覗かせ、甘えた声で呼ばれる。これでぐらつかないほうがどうかしている。
己で掲げたポリシーか。それとも目の前で物欲しそうな目を向けてくる葵か。どちらを大切にするか非常に悩ましいが、脳裏でチラつくのは葵へのプラトニックな愛を貫く親友の顔。
彼さえ葵にアプローチする覚悟をしてくれたなら、こんな気遣いは無用なのに。頑固な冬耶を心の中で罵りながら、遥は最後に葵の唇をきつく吸って体を離した。
「……ぁ、んっ」
腰に添えられた葵の脚から力を抜かせるために触れると、艶っぽい声が漏れる。何事かと見下ろせば、寝巻き代わりに貸したハーフパンツの合わせ目が緩く隆起していることに気付いた。
「あぁ、ごめん。勃たせちゃったか。そんなつもりはなかったんだけどな」
いつもとは比べ物にならないほどしつこく重ねたことは認めるが、舌も絡ませないキス。それに首から下へも一切触れなかったのだ。まさかそれだけで体を高ぶらせるとは思わなかった。
幼く見えてもきちんと年頃の男の子なのだと実感して微笑ましく感じたのだけれど、葵は遥が何を指摘したのかに気が付くと慌てて布団に潜り込んでしまう。
「無理におさめなくていいよ。どこか行ってるから」
丸く山になった布団をポンと叩いて声を掛ける。席を外している間に処理してしまえばいい。健全な生理現象なのだし、きっかけを与えたのは遥だ。からかうつもりは全くない。
だが遥がベッドから腰を上げるなり、葵は布団から手を伸ばしてそれを引き止めてきた。
「どこ行くの?」
「どこって、リビングとか?どこでもいいけど」
「なんで?」
「いや、さすがに俺がいたままするのは気まずくない?」
恥ずかしがる行為ではないと思うが、人前でするものでもない。だが遥が尋ねても葵は納得いかない顔でこちらを見つめてくる。
「するって何を?」
「……ん?しないの?」
葵との会話がどうにも噛み合わない。全く訳が分からなくて混乱しているという訳でも無さそうなのにこれは一体どういうことなのだろう。
「前にもこんな風になったことあるよな?」
念の為確かめると、葵はやはり頷きを返してきた。
「その時はどうしてた?」
「このあいだは怖いこと思い出したら治ったよ」
「そんな方法で……嘘だろ」
あまりにも無茶な対処法に思わず言葉を失う。葵のいう怖い記憶なんて、常識の範疇を超えた凄惨なものばかり。それを呼び覚ますとパニックになる性質を痛いほど理解しているから、二度とそんな手段は使わせたくない。
「京介とか都古は?教えてくれなかった?」
同じ部屋で生活を送っていた二人が葵に手を出すのなら、それが絶好の機会だろう。本人たちに確認をしたことはないが、互いの手で欲を処理し合うとか、そんな戯れをしているのだと予測していた。
でも葵から返ってきた答えはまるっきり違うものだった。二人とも葵に自慰を教えてやるどころか、いつも口に咥えてくるばかりらしい。頭が真っ白になっていつのまにか眠ってしまっているからよく覚えていない。そんな回答に目眩がしてくる。
冬耶の気持ちを汲んで、万が一バレてもかろうじて言い訳の出来る範囲でしか手を出していないと思っていた。だがとてつもなくラインを超えた行為に及んでいたらしい。
二人がそんな様子なら、周囲も葵に度を超えた触れ方をしていそうだ。この滞在中に全員を締めて回るしかない。だが、ひとまずこの場は葵に正しい教育を施すのが最優先だ。
「これは男なら誰でもなる生理現象だから。俺がやり方教えてあげる。自分で出来るようになったほうが、葵ちゃんも気が楽だろ」
葵は少しだけ悩む素振りを見せたけれど、遥が差し出した手に己の手を重ねて布団から出ることを選んでくれた。
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