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act.8月虹ワルツ<154>*

「手伝おうか?」 「……ん、はずかし、からイヤ」 「ここで終わりにする?」 「んーん」 「じゃあ葵ちゃんはどうしたいの」 いつも素直で子供らしい葵ばかりを見ているせいか、気だるげな色気を纏って駄々をこねる葵は遥にとってひどく新鮮だった。 「あんまり煽っちゃダメだって。まだ良いお兄さんでいたいんだから」 いいお兄さんはキスなんてしないけど、と心の中で密かに突っ込みを入れながら、遥は聞き分けのない葵の唇に己の唇を重ねた。さっきまでキスを繰り返したせいでいつもより過敏になっているのか、また葵の瞳から涙がこぼれる。 でも葵がイヤで泣いているわけでないことは承知している。唇を薄く開いて、その先をねだるように舌を覗かせるからだ。 ──全く、誰が仕込んだんだか。 日本に居なかった二ヶ月の間、誰が葵をここまで育てたのかなんて知りたくもない。どうせ葵の周囲の人間、で遥が思いつく殆どの奴らだろう。 腹は立つけれど、葵自身に罪はなく、また厄介なことに自覚もない。遥は誘われるままに舌を吸うことはなく、ただひたすらなだめるだけのキスを贈り続ける。 「んんっ、んぅ…ふぁッ」 「葵ちゃん、手もちゃんと動かすんだよ」 「やぁ……あ、はるッ、さん」 キスを続けているといつのまにか遥の首に回ってきた葵の右手を、元の位置に戻すべく掴んでタオルケットの中に押し込んでいく。 自分が本質的に欲深い人間なのは自覚している。ひたすら甘やかしてあげたい感情ばかりが葵に対して湧き上がっていたから平気だと思ったのだが、このままだと可愛くて止まりそうもない。 宣言した通り、まだ葵だけの優しいお兄さんでいるつもりなのに。 でも、もう少しだけ。 本来の目的へ戻そうとしていた、先走りでべたべたに濡れている葵の右手に自分の左手を絡ませて、唇を重ねる角度を深くしていく。 初めてキスを交わしたのはいつだろう。 ちゅく、と唇の端から溢れる唾液を吸いながら、遥はぼんやりと過去を振り返った。その時も、確かこうして手を繋いでいた気がする。小さくて、薄くて、でも柔らかい葵の手を、ずっと握りしめていたいと思ったのだから。 でもあの時の感傷に浸っていると、繋いだ手にぎゅっと力が込められた。何事かと唇を離せば、葵が少し恨めしそうな顔をして遥を見つめていた。 「…ンっ、手、できな、いッ」 「ん?あぁ、そっか。続きしろって言ったのに、ごめんな。でも出来る?」 「わかん、ない」 出来ないと駄々をこねていたくせに、遥の指示を一応は素直に聞こうとしたのだろう。恥じらいながら訴えてくるところがまた男の欲を刺激してくる。

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