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act.8月虹ワルツ<159>
待ち合わせ場所にした改札前には、すでに京介の姿があった。遠くからでも頭ひとつ分飛び抜けた長身と、オレンジがかった茶髪が目印になってすぐに分かる。まだ待ち合わせの時間まで十分もあるのに、あの様子ではもっと早くから待ってくれていたようだ。
「じゃあランチ終わったら連絡して。迎えに行くから」
「やっぱり遥さんも一緒に食べようよ」
京介がこちらを認識して軽く手を上げてくると、遥はあっさりと離れて行こうとする。映画はともかく、食事は三人でとらないかと昨日から誘っているのだが、答えはノー。
「京介と二人っきりで食事する機会もなかなかないだろ。楽しんでおいで」
そう言って送り出されてしまうと、それ以上強引に誘うことは出来なかった。
「おはよう、京ちゃん」
「おー、早かったな」
「ほら、寝坊しなかったでしょ」
昨日送られた意地悪なメッセージを引き合いに出してみると、どうせ遥に起こしてもらったんだろうなんて、更なる意地悪を言われてしまった。図星なのが辛いところ。どんなに遅く寝ても、大抵は葵より早く目覚めることが出来る京介に勝負を挑むだけ無謀なのかもしれない。
「そういえば、今日みゃーちゃんのこと起こしてくれたの?」
「都古?なんで?」
「さっき連絡来てたから」
もう一件来ていたメッセージの送り主は都古だった。あの寝坊助な彼が休日の朝、自発的に起きられるとは思えない。でも葵の予想は外れ、京介は都古と同じ部屋にすら居なかったと言ってきた。
そうなると、おはようと笑う黒猫のスタンプが全く違う意味に見えてくる。
「みゃーちゃん、もしかして寝てないのかな」
怪我をした都古を寮に残すのが心配で、一緒に遥の家に行こうと誘ったけれど、彼は一人でもきちんと湿布を貼り替えるし、ご飯も食べると言い張って頑なに着いてこなかった。
いつもみたいに早く帰ってきてほしいなんて我儘も言わず、ただ挨拶を送ってくる都古に胸の締め付けられる思いがする。寮に戻ったら一番に都古に会いに行こう。
そう伝えるメッセージを入力しかけた時だった。
「あれ、京介?こんなとこで会うなんてすごい偶然だなぁ」
不意に聞こえた声に顔を上げると、そこには日に焼けた肌に黒縁の眼鏡が特徴的な男性が立っていた。
「は?祐生さん?なんで」
「たまたま買い物に来ててさ」
「こんな時間から出歩くわけないっすよね。いつも寝てる時間でしょ」
どうやら京介の知り合いらしい。宮岡よりも年上に見える彼と、どういう関係なのだろう。探るように“ユウセイ”と呼ばれた男性を見上げると、彼もこちらを見つめてにこりと笑ってきた。
「この子が“葵くん”か。随分可愛い顔してるね。女の子って言われても信じちゃいそうだな」
こちらに伸ばされた手は確かめるように頬や肩に触れてくる。どう反応したらいいのか困っているうちに、腰まで撫でられてしまうが、京介が代わりにその手を振り払ってくれた。
「ちょっと、マジで何なんすか」
庇うように葵を背後に隠した京介の声が荒くなる。
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