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act.8月虹ワルツ<168>
* * * * * *
葵の案内で訪れたアンティークショップは、事前に聞いていた通り不思議な居心地の良さで満たされていた。天井からぶら下がるランプから漏れる光がどれも温かみのある色をしているからかもしれない。
通路にはみ出しそうな程積まれた家具や雑貨をかき分けて進んだ先にあるカウンターに目的の人物はいた。葵からは高校時代の面影はないぐらい髪がボサボサでヒゲも伸びていたと聞いたが、思いのほか小綺麗に整えられていた。
「ようこそいらっしゃいました、閻魔様」
カウンターから顔も上げずに告げられた言葉で、彼が遥の来店を予測していたのだと理解した。だから友人を出迎える最低限の礼儀として、身なりに気を使ったのだろう。
「つまんないな」
「一言目がそれか?……あぁ、藤沢ちゃんもいらっしゃい」
有澄に手を振られ、遥の影に隠れていた葵がひょっこりと顔を出して会釈した。初めて葵を連れて彼のいる図書室に赴いた時も、こんな体勢だったことを思い出す。
「なんか学校でのこと懐かしくなるなぁ。放課後、よく相良と一緒に来てたもんね」
「はい、僕も今思ってました」
どうやら有澄と葵も連想したものは同じだったらしい。
遥が生徒会に入ったのは高等部から。中等部時代は冬耶の生徒会活動が終わるまで葵と図書室で勉強をしたり、読書をしたりして時間を潰していた。どうしても葵を一人で待たせなければいけない時も、その預け先としていつも図書室を選んでいた。委員だった有澄はその時の様子をよく知っている。
葵が中等部に入学した頃は、学年が二つも違うにも関わらず毎日のように放課後を共に過ごす二人のことを、周囲は好き勝手に噂していた。
遥に従順に懐く葵の様子を見て、簡単に手懐けられるのではと馬鹿な妄想を抱いて葵に近づこうとする生徒も少なくはなかった。遥自身も今ほどは身長が高くなかったうえに長い髪が中性的な容姿を引き立てていたせいで、男の欲を受け入れる側として見られる傾向にあった。だから二人でつるんでいれば、いやでも周りの好奇心を掻き立てたようだ。
そんな中で有澄はいい意味で葵にも、そして遥にも興味を持たなかった。彼が夢中になっているのは今も昔も本の中の世界だけ。いつも図書室の扉脇に設けられたカウンターの中で静かに本を読んでいた。
「今日は何を読んでたんですか?」
「あぁ、これ?これはね、読んでたんじゃなくて……」
葵に問われ、有澄はカウンターに乗っていた分厚い洋書を手に取り、よく見えるようにこちらに差し出してくれた。かなり年季が入っていそうなそれは背までぱっくりと割れてしまっている。そのせいでページが所々抜け落ちているようにも見えた。
「修理してたんですか?」
「そう。ずっと探してた本なんだけど、この状態だからほとんどタダ同然で売られててさ」
ページの紛失があればさすがに諦めようとしたらしいが、幸い全てのページは揃っていて補修することを決意したのだという。
「この状態でも直るんですか?」
「新品のようにっていうのはさすがに無理だけど、このレベルには持っていけるかな」
有澄は既に手を加えたらしき本を端から引き寄せ、葵に手渡した。古さは感じるが、読む分には全く支障がないように整えられている。
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