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act.8月虹ワルツ<169>
「もしかして直したい本でもあるの?」
パラパラとページを捲ってみたり、破損跡の残る背表紙を念入りに確認したりする葵の熱心な様子を見て、有澄が問いかける。遥には聞かずともその答えが想像出来ていた。
「小さい時に貰った絵本なんですけど、繰り返し読んでるからボロボロになっちゃって」
「そっか、すごく大事な本なんだね」
有澄にも特に大切な一冊が存在するのかもしれない。葵の気持ちに寄り添うような語り口は、有澄ならではのものだと思わせる。
「糊で貼ったり、テープで留めてみたりしたんですけど、余計に汚くなっちゃった気がして、うまくいかないんです」
西名家に辿り着くまで、葵が藤沢家や施設を渡り歩いたことは伝え聞いている。その中で葵は大事にしていたものを全て失くしてしまったけれど、あの絵本だけは唯一手元に残ったものだった。幼い葵が必死に守ったのだと思うと、それだけで切ない気持ちにさせられる。
「よかったら、今度持っておいでよ。今以上傷つくことがないようにはしてあげられると思うから」
葵はきっといい方法を聞きたかっただけなのだと思う。手先の器用さには自信のある遥や冬耶が申し出ても、葵は自らの手で修理をしたがったのだから。でも実際に有澄が修理を施した本を見て、その意思が揺らいだようだ。
ちらりとこちらに視線を投げてきたのは、以前遥の提案を断ったことを覚えているからなのだろう。こんなことで遥よりも有澄の好意を受け入れた、なんて子供じみた嫉妬をするわけもないし、手慣れた彼に任せるほうがよほど真っ当な選択だ。
「お願いしてみたら?この先も何度も読み返せるように」
そう言って背中を押してやると、葵は安堵した表情で有澄に頭を下げた。
「早乙女っていつ店にいるの?」
「週末は大体一日中いるよ。平日も大学の合間に入ってるから、基本毎日どこかしらではいるかな」
聞けば、この店はオーナーと有澄の二人で回しているようだ。仕入れのために各国を飛び回っているおかげで、元々はオーナーが日本に滞在する僅かなタイミングしか開店しないという気まぐれな営業形態だったらしい。
この店の常連だった有澄が名乗りをあげ、オーナー不在の間、今度は有澄が入れる時にだけ営業するようになったのだという。
「あ、そうだ藤沢ちゃん。このあいだ見てたのと似た形のバングル、入荷したよ」
「あの棚にありますか?」
「うん、藤沢ちゃんが来るって聞いたから一緒に並べてあるよ」
有澄の言葉で、葵はアクセサリーの並ぶ棚のほうへと弾んだ足取りで駆けていった。
「葵ちゃんがバングル?どんなの?」
「素材はシルバー。凝った細工は入ってないシンプルなやつだけど、結構ごつめではあるかな」
装飾品には興味のない葵がバングルを探しているなんて違和感を覚えたが、そのデザインを聞いてますます疑問が浮かぶ。どう考えても葵の趣味ではない。
「誕生日プレゼントって言ってたな。誰かにあげたいんじゃない?」
「……あぁ、じゃあ京介かな」
彼の誕生日は来月。普段彼が身につけているピアスはどれもシルバーだった覚えがある。それに体格も良く、健康的な肌色の京介なら無骨なデザインのバングルが似合う気がする。
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